20世紀を代表する建築家の一人、ル・コルビュジエ。2016年に、近代建築運動への顕著な貢献として7カ国17の作品が世界遺産に登録されたくらいの巨匠中の巨匠である。
彼が切り開いたであろう四角い箱のような、直線的で機能的な建築は、現代の我々にとってはいわばスタンダード。
ゆえに彼の作品の中では、造形的に特徴のあるパリ郊外のサヴォア邸とかロンシャン礼拝堂などのほうに、個人的には興味が傾いていた。だって、私たちの住む街には、四角く直線的な建物ばかりが溢れているではありませんか?
ロンシャン礼拝堂については別の原稿でたっぷり語っています。
などという思い込みゆえ、巨匠の代表作の一つだとか、傑作!などと言われても、ご覧のように一見するとシンプルな箱型(に見える)外観のラ・トゥーレット修道院については、「何かのついでがあったら行くかな……」ぐらいのテンションだった。
■ 美食の都リヨンから列車で行く、リーズナブルに「泊まれる世界遺産」
そして、そのついでは2022年にやってきた。意を決してずっと憧れていたロンシャン礼拝堂に行くと決めたのだ。
同じフランスにあるとはいえ、この2箇所間は電車で5時間以上かかる距離であり、後から思えば全く「ついで」ではないのだが、北海道で札幌と釧路を周遊しようとするアホな東京人のように、無邪気な旅程を組んでしまったのである(⇒詳細な経緯はこちらでどうぞ)。
この名建築のいいところは、なんといっても宿泊できること。日本で言えば宿坊みたいなもので、簡素だが個室に泊まれ2食付きで54ユーロ(2023年1月時点)と、お高いおフランスのホテル事情を考えればわりとリーズナブルなのだ。
オンラインブッキングのような手頃な予約方法はないが、メールや電話で問い合わせるなど手間を惜しまなければ泊まることが可能。見たところ冷房も暖房もなさそうだったので、春や秋など良い季節を選んだほうがいいかもしれない。
私が行ったのは2022年の7月中旬。正直もう暑くなるはずの時期だが、運良く夜はそれほど蒸さず、冷房なしでも快適に過ごすことができた。
ラ・トゥーレット修道院の最寄りの都市は、フランス中部の都市、リヨン。今回は目的地へ急いでいたのでランチしかしなかったが、素通りするには惜しいくらい綺麗な街だった。
そこから約30分ほど列車に乗りラルブレル (L’Arbresle)駅下車後、徒歩30分。フランスで列車に乗るのは難しそうな印象があるが、最近はSNCFが作ったスマホアプリ(SNCF Connectで検索してダウンロード)があるのでとても便利である(このあたりは別の記事『死ぬまでに見たい名建築、ル・コルビュジエの「ロンシャン礼拝堂」に行ってきた』を参照)。
結構な坂道なのであまりに重い荷物やスーツケースで行くのはおすすめしない。駅前にタクシーなんか止まっていないのでなるべく歩きやすい服装で行こう。
■ ラ・トゥーレット修道院の見学ガイドツアーに参加
えっちらおっちらと小高い丘を登れば、見逃しようがない異様なフォルムの修道院が見えてくる。
そして、これほど巨大な修道院なのに、なんと入り口が……。
鳥居…?
建築のサイズ感に比すると簡素すぎる門。コルビュジエ、もしかして日本の神社リスペクトか?
早くもこの建築の不思議ちゃんぶりに心を掴まれつつ受付へ。
意外なのが、ロンシャン礼拝堂よりもずっと、この修道院のほうが「建築を学ぶ人達の聖地」感があったことだ。私がロンシャンを訪れたときは、見学している人は3−4人といったところで、かつ、カップルとか家族連れとか、一見すると建築マニアではなさそうな客層だったが、こっちはガチで建築学科の学生っぽい人たちで賑わっていた。宿も満室である。
もしかしてロンシャン礼拝堂よりもこっちのほうが世界的には人気なのか? 日本人にはロンシャンのほうが有名なイメージがあったのでちょっと意外だった。
この日はチェックイン後すぐに建築ツアーが始まったので(有料)、荷物を部屋にぶち込んですぐさま見学へ。
コルビュジエらしい、シンプルで直線的で、すっきりとした空間がひたすら続く。とにかく広い。最近ではカンファレンスセンターとして利用されているのも納得の公共建築感。
だが、この「すっきり機能的」という印象は、礼拝堂へ足を踏み入れた瞬間がらがらと崩される。
この空間に足を踏み入れたときの驚きは、写真ではうまく伝えられないかもしれない。赤や黄色、青のわずかな光のみが簡素なコンクリートの空間を優しく照らし出す静謐な祈りの空間。光以外に派手な装飾は一切ないが、その光が心震えるほど美しいのだ。まるで光のアーティスト、ジェームズ・タレルの作品のよう。
祭壇から「光の大砲」と呼ばれる丸い天窓が見えるや、見学ツアーの参加者たちがため息を漏らす。簡素で無駄のない空間をえんえんと歩いてきた先に現れるこの色彩の洪水。もはやこれはショーですね。見せ場がちゃんと作られている!
さて、「光の大砲」がある地下礼拝堂も見学させてもらおう。
シンプルな素材、シンプルなデザインと完璧に調和するカラフル。美しいというよりかっこいい。
この空間に少しでも長くいたくて、キリスト教徒でもないのにミサにも参加させてもらった(誰でも参加可能なのだ)が、それがまた忘れがたい体験になった。この修道院の設計には、現代音楽作曲家であり建築家のヤニス・クセナキスがコルビュジエの弟子として関わっているが、そのせいか音響が素晴らしいのである。
修道士たちが読み上げる聖書の声や賛美歌は神秘的な響きをたたえ、美しい建築空間にこだまする。その震えるような音は言葉がわからない私の心の奥に力強く響く。正直言って、ちょっと泣いた。
■ 宿泊できる僧坊はこんな感じ
さて、見学ツアーが終わったあとは、夕食までは自由時間だ。自分の部屋に戻り、一息つくとしよう。
ベッドとデスク、小さなベランダがある簡素な部屋だが、色使いが楽しいので侘しさはない。
入り口近くには洗面台とロッカーがある。新しいシーツとタオル、紙コップが備え付けられているのみなので、歯ブラシなどは持参していこう。私は念の為、飲み水とおやつも持っていった。トイレとシャワーは共同で、各フロアにある。
ゲストハウスのドミトリーなどで過ごすのに比べればプライバシーは確保されているし個人的にはこれで十分だと感じた。
■ 夕方から夜にかけての過ごし方、気になるご飯は?
この修道院は建築だけでなく大自然の景観もまた素晴らしく周囲は公園でもある。日が暮れる時間帯を狙って夕日を見に外に出た。
カメラを抱えて丘から修道院を撮影していたら、同じ目的の仲間たちがやってきて、「この角度からのほうがいい」とか「あっちも眺めがいい」など色々教えてくれる。そう、基本的に彼らはコルビュジエのファンなのだ。我々はいわば推し活仲間なのだ。仲良くならないはずがない。
7時半からはお楽しみのディナータイムである。食堂に集まり、1テーブル4,5人ずつ着席する。
私のテーブルには、アメリカから来てコルビュジエ建築巡りの旅をしているという老夫婦と(マルセイユのユニテ・ダビタシオンとカップ・マルタンに行ってきたとか)フィレンツェから一人で来たという女性が座っていた。
女性は子育てを終え、今は趣味の絵を描くのが楽しいという。「ここに3日ほど滞在して、昼は絵を描くのよ」と笑う。
会話が弾んでいたので、食事を細かく撮影するタイミングを逸してしまったが、唯一の写真がこれ。
食事にはしぼりたてみたいにフレッシュな赤ワインが添えられるのだが、これがすごく美味しかった。いまそこで絞ってきました!みたいな爽やかさで、何杯でも飲める。そんなに飲まなかったけど。
野菜を中心に全部で4皿ぐらいあっただろうか。コース料理のようにひとつずつ運ばれて来て、食べ尽くすと、おかわりいる? と聞いてくれる。どれも丁寧に作られていて美味しく、お腹もいっぱいになった。
この修道院の設計をコルビュジエに依頼したのは、ロンシャン礼拝堂も依頼したというクチュリエ神父である。彼は南仏にあるマティスが内装をすべて手掛けたことで有名なロザリオ礼拝堂にも関わっているという謎の仕掛け人なのだ。
おそらく芸術への思い溢れる神父だったに違いになく、この修道院が「ほとんどアート」といっていい空間になったのは彼の存在も小さくないのだろう。
ロンシャン礼拝堂の「ついで」に来たラ・トゥーレット修道院だが、そのスケールの大きさ、外観と内部のコントラストの激しさ、音と色の素晴らしさに圧倒され、個人的にはロンシャン礼拝堂よりも好きになってしまった。
翌日は列車で5時間もかかるロンシャンへの移動のために早朝に出発しなければならず、思いの外素敵だったリヨンも、この修道院の美しい朝もゆっくり楽しめなかった。次は絶対3泊はしよう、と心に決めている。
<ラ・トゥーレット修道院 Couvent de la Tourette> 基本情報
BP105 Eveux, 69591 L’Arbresle cedex 公式サイト
1960年竣工のカトリック ドミニコ会の修道院。2016年、ル・コルビュジエの建築群としてユネスコの世界遺産に登録。
アクセス: L’Arbresle駅下車徒歩30分。Lyon-Gorge de Loup駅からは平日は15分〜3o分間隔 、日曜は1時間に1本の便あり。Lyon-Part Dieu 駅だと2時間に一本となる。
宿泊料金:シングルルームのみ 1泊(夕食+宿泊+朝食): 54ユーロ
※18時にフロントが閉まるので到着は17:30までに。ホテルは8月とクリスマス休暇の間は閉鎖。
修道院の内部ガイドツアー:日曜の午後のみ開催。[email protected] へメールするか、電話で問い合わせる。 +33 4 72 19 10 90
※上記情報は2023年1月に公式サイトにて確認したものです。
<コルビュジエ関連記事>
・死ぬまでに見たい名建築、ル・コルビュジエの「ロンシャン礼拝堂」に行ってきた。
・泊まれる世界遺産、ル・コルビジェによるマルセイユの名作「ユニテ・ダビタシオン」訪問レポート
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トリッププランナー編集長。 これまで行った旅先は世界40カ国、うち半分くらいはヨーロッパ。興味関心のあるテーマは歴史と建築、自然。一眼レフ好きだったが重くて無理になりつつある今日このごろ。