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学芸員と歩く久能山東照宮:基本編<久能山と日光の東照宮、どう違うの?>

更新:2017年03月26日
みきP

徳川家康の命日である4月17日に行われる「御例祭」、大きなしだれ桜が花開く3月下旬~4月初旬、眼下に広がる石垣いちご農園でのいちご狩りなど、春の久能山東照宮は話題がいっぱい。国宝に指定されている絢爛な社殿も素晴らしい日本で最初の東照宮を、久能山東照宮博物館学芸員と歩きます。

世界遺産に登録されている「日光東照宮」よりも前、徳川家康の遺言に従って元和2年(1616)に創建された静岡市にある久能山東照宮。日光と久能山の東照宮は、ほぼ同時期に創建され、どちらも眩しいほどの極彩色の社殿で知られ、両方に徳川家康のお墓もあり、どこがどう違うのか一般人にはちょっとわかりにくいかも? ということで、まずは基本編。日光と久能山の東照宮の違いについて、久能山東照宮博物館学芸員の戸塚直史さんにお話を伺います。

例年3月下旬から4月初旬、御社殿の前で花開く大きな枝垂れ桜。ぜひこのシーズンを狙って参拝したいもの。(写真提供:久能山東照宮)

トリッププランナー(以下:トリプラ):まず基本的なことからお伺いしたいのですが、日光東照宮と久能山東照宮には両方に徳川家康のお墓がありますね。亡骸はどちらに埋葬されているのでしょうか?

戸塚直史さん(以下:戸塚さん):その質問に対する答えとしましては「わからない」です。でも、私たちは久能山に家康公の御遺骸があると考えております。その理由としては御遺骸を久能山に葬るという御遺言。また、その御遺言に反し土葬されたとされる家康公の御遺骸をわざわざ移動させるとは思えません。当宮の一番重要な御例祭ですがこれは家康公の命日である4月17日に執り行われ、日光東照宮は一ケ月後の5月17日になっています。

トリッププランナー(以下:トリプラ):なるほど、ご命日当日に御例祭が行われるということは、やはり久能山のほうが重要視されていると考えられますね。

戸塚さん:また久能山東照宮の御例祭には徳川御宗家が御参列され、社殿での祭礼の後に神廟(お墓)拝礼をされます。

徳川家康の亡骸が埋葬されている久能山東照宮の「神廟(しんびょう)」。春の例祭には徳川宗家の当主がお墓参りをする。江戸時代はごく一部の人しか足を踏み入れることができなかった神聖な場所だ。

トリプラ:徳川宗家のみなさまがご命日にどちらに参拝されるかも重要なポイントですね。しかし、これほど豪華な東照宮が久能山にあるのなら、何も日光にあれほど絢爛なものを作らなくても良かったんじゃないかなと思ってしまいます。

戸塚さん:久能山東照宮は徳川家康公の息子である秀忠公により創建されました。一方、日光東照宮の現在ある社殿等は崇拝する祖父家康公の為に、家光公により 幕府の全面バックアップの元で大改装されました。

トリプラ:日光東照宮は幕府が主体となりいわば公共事業的に作られたもので、息子による父親のための慰霊の場的な久能山とは役割が全く違ったんですね。

戸塚さん:江戸時代の久能山では参拝者は制限されており、近くを通る朝鮮通信使も日光にてお参りされています。久能山では派手な社参は少なかったと思われます。


多数の金箔が使われているという社殿。これをきっかけに全国で権現造りが爆発的に流行したという。

トリプラ:清水の港あたりに来ていた朝鮮通信使が、久能山を素通りして日光まで行くということは、やはり久能山は日光のような開かれた場所ではなかったのですね。けれど、言って見れば関係者向けのプライベートな神社である久能山東照宮を、なぜこれほど豪華に作る必要があったんでしょうか。

戸塚さん:東照宮ができる前は久能城とされており、天然の要害でもありました。この切り立った山の上に中井正清(※編注 二条城や江戸城、駿府城や日光東照宮などの建築を指揮した江戸時代初期を代表する大工頭)は、わずか1年7ヶ月ほどで久能山東照宮を造営しました。設計からはじめて、資材の調達や、大工、彫刻、塗装などの大勢の職人たちを、しかも当時一流の職人たちを、一斉に集めて同時進行でごく短期間で一気に完成させました。 当時は大坂の陣から日も浅く、まだ世の中に不穏な空気が漂っていた頃。これらの建造物を早く造営できることで、周囲も徳川家の威光を感じ受けたのではないでしょうか。

トリプラ:総漆塗で、柱や天井などほぼ隙間なく彫刻や模様が描かれているこれほどの手の込んだ建築、今の大手ゼネコンでも発注から1年7ヶ月じゃとても作れないでしょうね……。今のこの時代ですら当時の徳川家の権力の大きさを感じるので、当時の諸大名たちはその財力や組織力、動員力などにさぞ驚いたと思います。徳川家にとっても、自らの力の大きさをプレゼンテーションしなければならない時期だったのですね。(続く

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総漆塗、極彩色の御社殿内部。彫刻、模様など華やかな権現造りの社殿は国宝に指定されている。

<お話を伺ったのは>
久能山東照宮博物館学芸員 戸塚直史さん

久能山東照宮
<久能山東照宮へのアクセス>
JR静岡駅からしずてつジャストライン日本平線で約50分。終点「日本平」で下車しロープウェイ乗場から5分で到着。久能山下から石段で登る場合は、JR静岡駅より、しずてつジャストライン石田街道線にて終点「東大谷」下車し、 「久能山下行き」のバスに乗り換えて終点「久能山下」で下車。 山下からは石段を1,159段登り到着。マイカーなら東名静岡・清水インターより日本平山頂へ出てロープウェイ。日本平山頂には無料駐車場あり。

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