徳川家康の遺言に基づいて築かれた静岡市の久能山東照宮。
日光東照宮とほぼ同時期に造営された荘厳な社殿には当時一流の職人たちによる見事な彫刻が施されています。
ただ美しいだけではなく、家康の願いや哲学が込められているという彫刻や意匠の意味を、久能山東照宮博物館学芸員の戸塚直史さんに解説していただきました。
日光より19年前に造られた日本で最初の東照宮、静岡市の久能山東照宮。
国宝に指定されている絢爛豪華な社殿は、精緻で美しい彫刻や絵が漆黒の漆の上に、まさに「みっしり」と描かれていて、一体何人の職人が関わったのだろうか……と想像するだけで気が遠くなるほど。
こんなにも美しく荘厳な建築を前に、あまりウンチクを語るのはどうかと思うところもあるけれど、ただキレイと感嘆するだけではなく、彫刻や文様に込められた想いを読み取ることこそ久能山東照宮を参拝する大切なことの一つだったりするので、今回はそれらをちょっとだけ学んでみます。
名言が好きな人、ちょっと人生に迷っている人は、ぜひ随所に込められた徳川家康の願いを読み取って、何かを考えたり、行動を改めたりしてみてはいかがでしょうか。久能山東照宮博物館学芸員の戸塚直史さんに解説していただきました。
■ 楼門(ろうもん)
日本平ロープウェイから降りて社務所受付を通ると現れるのが、重要文化財に指定されている朱塗りの楼門(ろうもん)。元和3年、1617年築。
戸塚さん:中央の蟇股(かえるまた)に描かれている鼻が長い動物は「ゾウですか?」とよく聞かれるのですが、獏(ばく)です。
最近では夢を食べる動物などと言われることもありますが、中国の思想では獏は龍の子どもで、霊獣であると崇められてきました。獏は鉄や銅を食べるとされ、平和の象徴でもあります。
トリプラ:なぜ鉄や銅を食べることが平和を意味するのですか?
戸塚さん:身近な鉄や銅は戦争の時は刀や鉄砲に使われるので、獏が食べるものがなくなってしまいます。鉄や銅が戦いに使われずに獏が食べることができる世の中が平和だという意味ですね。龍や獅子など強そうな動物ではなくあえて獏を選んだのは家康公の理想。なお、この楼門には獏が四体描かれていますが、一つだけ色が違うのでぜひ探してみてください。
■ 社殿の拝殿
戸塚さん:参拝する方が一番よく目にするであろう拝殿の目立つ場所に描かれている彫刻は、「司馬温公の瓶割り」。
昔あるとき、かくれんぼをしていた子どもの一人が、大きな水瓶の中に落ちてしまいました。その水瓶はとても大切なものだったので、壊していいかわからず迷っている子どもが多い中、司馬温公は迷わず瓶を割って友達を助けたという中国の故事を描いたものです。「命の大切さ」を説いています。
トリプラ:さきほどの獏といい、平和への願いが多いのですね。
戸塚さん:「司馬温公の瓶割り」の両側には、「老子孟子孔子」と「瓢箪から駒」が描かれています。命を大事に、終生勉強を、人生は思いがけないことが起きるから覚悟を、という3つが家康公が伝えたかったことだと思います。
ちなみに、外から見える場所にはこうした「教え」が多く見られますが、拝殿の内側、江戸時代は高い地位の人間でないと入ることが許されなかった場所には、こうした教訓ではなく、天女や花など優雅な装飾が施されています。今も一般の方は入れませんが、ご祈祷や結婚式の際には昇殿いただけます。
世が世なら足を踏み入れることなど叶わなかった拝殿の内部。外側と違い華やかで優しいモチーフが描かれている。天女や鳥は天界をイメージしているそう。
50年に一度塗り替えている社殿だが、100年前の色も貴重なため一部そのままにしているという。圧倒的な色の違いが興味深い。
■ 社殿の瓦紋
戸塚さん:実は外にもちょっと珍しいものがあるんです。ご覧のように瓦にたくさん葵の御紋が描かれていますが、実は一箇所だけ向きが違うのがわかりますか?
トリプラ:全くわかりません。
戸塚さん:ほら、あそこ。上から二段目にちょっと小さめの瓦紋が並んでますよね。その段のちょっと右寄りに描かれている御紋が、ひとつだけ向きが違うでしょう。
上から二段目のやや右寄りに答えがあります。さぁ、みなさんも一緒に探してみましょう!(本殿の向かって左側にある軒の葵紋)
トリプラ:わーん、どこですか!?(泣)
こたえはこちら。その場にいたメンバーの中で一番時間がかかりましたがやっと発見。向きが他と比べてちょっとだけ違います。この間違いが分かる人天才!と思いました。
トリプラ:江戸時代の職人さんは間違え方も繊細すぎますね……。申し訳ないですけれど教えていただかない限り全く気づかないと思います。
戸塚さん:これは、間違えたのではなくわざと未完成なままにするためあえて向きを変えているのではないかと思います。完成してしまうと後は崩落しかないので、一種のおまじないのようなものだったのではないでしょうか。
トリプラ:「常に未完成であれ」という名言をこんなにさり気なく忍び込ませるなんて、江戸の大工さん、おしゃれ過ぎます!
きっとこの他の意匠にもひとつずつ意味があるのでしょうけれど、すべて理解するには何年かかるのだろうか、と天を仰ぎたくなるほど彫刻だらけの久能山東照宮なので、ぜひ続きはご自分の目で探してみて下さいね。
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<久能山東照宮へのアクセス>JR静岡駅からしずてつジャストライン日本平線で約50分。終点「日本平」で下車しロープウェイ乗場から5分で到着。久能山下から石段で登る場合は、JR静岡駅より、しずてつジャストライン石田街道線にて終点「東大谷」下車し、 「久能山下行き」のバスに乗り換えて終点「久能山下」で下車。 山下からは石段を1,159段登り到着。マイカーなら東名静岡・清水インターより日本平山頂へ出てロープウェイ。日本平山頂には無料駐車場あり。
日本の手先が器用な人を全員集合させたのではないか疑惑さえ感じる、まさに職人技博物館ともいうべき久能山東照宮。何もかもが細かい!