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アルバニアの首都ティラナ、無料のウォーキングツアーで少ししんみりするの巻。

更新:2019年07月09日
みきP

観光スポットなんてあるの? という印象のアルバニアの首都ティラナ。確かに華やかな観光スポットはないけれど、誰でも参加できる無料のガイドツアーから見えてくる景色もありまして……。

これまでハイキングアグリツーリズモ雑貨ハンティングだと、楽しくて一点のくもりもない旅行体験記を書き散らかしてきたわけだが、首都ティラナで過ごす1日には、やや影がある。

もちろん、人々が優しくてオープンマインドなのは変わりないし、街歩きも楽しいのだけれど、首都には共産主義時代の傷跡がそこかしこに残されており、国の人々はそれを「反省すべき定点」として冷めた目で見ているように感じる機会が多いからだ。

そんな憂いを帯びた首都のなりたちをさくっと知りたいなら、おすすめなのが毎日オペラハウス前から午前10時、午後6時スタートしている無料のウォーキングツアー


この日のガイドは、ティラナ大学で歴史を学んだというアルバンさん(仮名)。とても流暢な英語を話す。

オペラハウスがあるスカンデルベク広場は、国立歴史博物館などもあるティラナの中心地。ここに残されている1789年築の「ジャーミア・エトヘム・ベウト」は、共産主義時代に無神国家を目指した政府によって一度閉鎖され、その後1991年に宗教の自由を求める国民のデモによって復活した記念碑的なモスク。そう、参加者たちはまず最初に「無神論」という極端なアルバニアの歴史の1ページに触れるのだ。

この無神論に限らず、アルバニアの近代史をちらりと読むとしばしば、風変わりなエピソードに出合う。作家の清水義範さんも『夫婦で行くバルカンの国々』(集英社文庫)の中でアルバニアのことを「なんだか変な国」だの「面白い国」だのと度々語っているが、たとえてみればクラスに一人はいる変わった子という印象の国なのだ(というとかわいいが、国民はたまったものではないのかもしれない)。

「共産主義時代、私たちはいつも友達を探していました」とアルバンさんは言う。
「最初はユーゴスラビア、その後はソ連。彼らとうまくいかなくなると今度は中国に声をかけました。でも、あの国はとても遠いし、新たな友情もうまくいきませんでした。そして最後には、私達は鎖国することになったのです」。
誰も友達になってくれないなら一人でいい! クラスで一度は浮いた存在になったことのある人なら、ちょっと胸がつまるような歴史ではないだろうか。

この鎖国政策のせいで、アルバニアは「ヨーロッパの北朝鮮」などと呼ばれたりすることもある。



かつての友人、ソ連の独裁者たちの銅像は、いまやナショナルアートギャラリーの裏にうち捨てられている。レーニン、スターリンに並んで、破壊され上半身だけ残されているのは共産主義時代のアルバニアの独裁者、エンヴェル・ホッジャ。「これらはもう私達にとって重要ではない」と何度も反芻できるように、わざと残しているのではないかと思うぐらい、ぞんざいな扱いである。

同様に、見る人をぎょっとさせるのが、街の中心地にある旧エンヴェル・ホッジャ博物館だ。落書きだらけの壁、割れたガラス、廃墟にしかみえない巨大な建物が、壊されることなく放置されている。

1985年、ホッジャが亡くなると、後任のラミズ・アリアは、ホジャのモニュメントを作ろうと発案。こうして、娘のベラ・ホジャがピラミッドのようなユニークな建築を設計、これが今やティラナのB級スポットとなっている。



「かつてここを訪れたアルバニアの人々は泣いたものでした。けれども今や、泣く人はいません」とガイドのアルバンさんはいう。「一度は壊してアパートメントを建てようという話も出ていました。けれど、この建物を”醜い"という人たちと、"面白い"という人たちで議論した結果、"面白い”が優勢となり、壊されずに再利用されることになったのです」。
今後は、内部は若い人たちがテクノロジーを学ぶためのエディケーションセンターに、外は誰でも登れる階段のある公共スペースとして利用するのだとか。

ティラナのマザーテレサスクエアの近くにある公園でも、こうした共産主義時代の「負の遺産」が、忘れ去られないようにオブジェ化して残されている。丸いコンクリートの塊、アルバニア名物の「トーチカ」だ。
かつて外国が攻めてきたときに備え、国民の三人に一基の割合で作られたシェルターで、国内に50万〜100万基とも言われるほど膨大に残っている。あまりにも頑丈すぎて壊せないのだそうだ。

「これはアルバニアのパラノイアの歴史なのです」とアルバンさんは言う。このトーチカは私には不安神経症の発作の名残のようにも感じてしまう。古代より、ローマ、ギリシャ、オスマン・トルコ、近代では隣国イタリアなど、常に巨大な隣人に脅かされ続けてきたアルバニア。恐怖の連続だった歴史がもたらしたパラノイアを、単純に「変わってる」と笑い飛ばすこともできない。日本の歴史にだって、そういう不安神経症やパラノイアはいくらでも見いだせるからだ。


「ユニークなことにティラナのメインストリートにはジョージ・W・ブッシュという名前がつけられています」と街角で足を止め、アルバンさんは解説する。


メイン通りにアメリカ大統領の名前がつけられている。

「2007年、NATO加入が決まったアルバニアをブッシュ大統領が訪問しました。彼はこの国を訪れた唯一の米大統領なんです。もしトランプが我が国を訪問したら、きっと新しいビルにはトランプタワーという名前がつけられるでしょう(笑)」
かつては家の中にコカコーラのボトルを飾る人もいたくらい、アルバニアは親米なのだという。理由はバルカン紛争時に、常にアルバニア側に立ってくれた国だから。

「こんなにアメリカ文化が好きなのに、アルバニアにはまだマクドナルドもスターバックスもありません。でもケンタッキーフライドチキンだけはあちこちにあって人気です。そして、皮肉なことに、ティラナのケンタッキーは、かつてホッジャの官邸として使われていた邸宅の道路を挟んだ向かい側にあるんですよ」とアルバンさんは笑う。


ケンタッキーフライドチキンの向かい側にある旧首相官邸。資本主義と共産主義が向かい合う、意味深い場所だ。

ウォーキングツアーで垣間見て来た近代史を踏まえると、新しい友だちを手放しで愛するアルバニアにやや不安を覚えたりもする。「そんなに手放しで誰かを信用して大丈夫?」と、実際に会ったアルバニアの人たちがいい人たちばかりだったために、その人を疑わない性格が心配になってしまうのだ。

ユーゴ、ソ連、中国と決裂し、鎖国状態になってからは、国中にシェルターを作りまくり、宗教を禁じるなど混乱を極めたホッジャ時代のアルバニア。彼の死後は安定するかと思えば、国内の大手金融会社が「ネズミ講」式に資金を集めた挙げ句、いわば国ごと破産のような形になり、一時は無政府状態に。ついにはヨーロッパ最貧国と呼ばれるまでの事態になったアルバニア。

ヴァルボナツアーをガイドしてくれた、いつも半ズボンの明るくて無邪気な青年も、ドライブ中にふと、「ねぇ、日本で暮らしていて幸せ?」と真顔で聞いてきたことがあった。「そうね、たぶん幸せだよ。あなたは?」とこたえると、「うーん、政治があまり良くないかもしれないな……」と答えた。手付かずの美しい自然、明るくて親切なアルバニア人と接しているだけでは見えてこない、複雑な国民感情。


共産主義時代の盗聴や秘密警察など負の歴史を振り返るミュージアムとして利用されている巨大なトーチカ。周囲のビルがカラフルなのは、共産主義時代の建物を少しでも良く見せようとペインティングを政府が奨励しているからだそう。

ティラナはけっして観光地ではないけれど、国はいとも簡単に変な国になってしまうこともある、という歴史に触れられる貴重な場所でもあった。自分はあまりにもノンポリすぎる、少しは危機感を持たないと……と意識も高まる約2時間のツアーなのだった。
(みきP)

※ガイドツアーは無料ですが、気に入ればチップをどうぞ。


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