昭和の「建築の神様」村野藤吾
村野藤吾といえば、文化勲章も受章している日本建築史に残る巨匠。私のような素人がみだりに語ったりしたらあちこちからお叱りを受けそうな「建築の神様」なんですが、難しいことはよく知らないけどファンなんですよねぇ。
どんなところが好きかというと、ちょっと狂気を感じるところ。美しいんですが悪い夢を見ているような気もする、きれいなだけじゃない暗めのロマンティックがたまりません。
中でも、よく村野建築の代表作に挙げられる日比谷の日生劇場は、時折無料の建築ツアーを開催しているし、親切なガイドさんが、その偏執的といっていい巨匠のこだわりをたっぷり解説してくれるのでおすすめ。ツアーで聞いた、巨匠のびっくりエピソードを絡めながらその独特の建築空間をご紹介しましょう。
まず玄関ホール。これでもかと使われている白く美しい大理石のせいでスペインのお山がいくつか消えたとか消えないとか。写真の受付カウンターは、床との境目を一切無くすよう巨匠がこだわったそうで、まるで大理石から生えてきたような仕上がりぶり。
実はこだわっている五本足のもぎり台
今も使われている村野デザインの灰皿
ゴミ箱からもぎり台、灰皿に至るまで備品はほぼすべて村野さんがオリジナルでデザインしているのですが、一見それほど変わってないように見えるもぎり台も、実は足が5本あったりします。
そして、劇場フロアへと向かう階段の赤い絨毯、実は床に載せられているのではなく、その厚み分、大理石がくり抜かれて埋め込まれているとか(!) 。
微妙な曲線が優雅な手すりは、巨匠の指示で「紳士が淑女に手をさしのべている」イメージに。す、すごい指示……。
らせん階段は裏側に注目
村野建築の名所といえば優美な螺旋階段。
このらせん階段の裏は、どんな細かい凹凸も見逃さず、完璧になめらかになるよう巨匠は大変こだわっていたそう。ちょっとさわってみましたがほんとうにスベッスベで、当時の職人さんたちの悲鳴が聞こえるよう……。
ガウディが見れないなら日生劇場に行けばいいじゃない
さて、お待ちかね、あまりにも有名な劇場内部をご紹介。天井にはアコヤ貝、壁にはガラスモザイクタイルがぎっしりと貼られた、めまいがするような幻想的な空間です。
壁に細かい焼きガラスを貼っていく作業は、どんなに熟練の職人さんが頑張っても1日10cmしか進められなかったとか。
しかも最終チェック段階で、巨匠は各劇場ドアの角のあたりが気に入らなかったらしく、自ら矢印の部分の小さなアクセントをつけてまわったそう。素人が見ると。その必要性はもはや謎……。
どうです? 冒頭で「狂気を感じる」「悪い夢を見ているような」と思わず書いてしまった私の気持ち(褒めてます)、ちょっとは共感いただけるのではないでしょうか?
この空間に佇んで、50年以上も前に建てられたというのにいまだジワジワと迫ってくる巨匠の完璧主義に触れていると、「嫌われる勇気」なんて、村野藤吾は考えたことなかったんだろうなぁ、と改めて尊敬。
村野作品でこれまた有名な目黒区総合庁舎の見学ツアーに参加したとき、ガイドさんに聞いたんですが、村野先生は、地上から7階の屋上あたりを見上げて「あそこは10cm右に…」みたいなことをおっしゃっていたとか(その視力もすごい……!)。
「そ、そんなことを言われて心が折れる職人さんとかはいなかったんでしょうか?」とガイドの方に聞くと、「でも、神様だから……」とみなさん素直に従っていたそうです。
自分が、良く言えば大人力が高く、悪く言えば妥協しがちなので、この完璧主義エピソードには胸熱。本当にいいものを作りたいという熱意と、その純粋さ、そして決して折れない心、自分には無理すぎて尊敬しかない。
村野建築を今も誇りに思い、どんなに使いにくくても(たとえば上の、村野デザインのゴミ箱には分別機能がないから、今でも清掃スタッフは夜手作業で分別しているとか)出来る限りもとのまま使おうとしている日生劇場の愛も素晴らしい。昭和の名建築がばんばん壊されるなか、日生劇場はあと60年は少なくとも残す方針だそう。
ドアノブがちょうちょ!ガーリー!
とはいえ、バリアフリー対策や照明のLED化など、やむを得ない事情があって、巨匠による完璧な世界観は一部ほころびているのも確か。
全然無関係の私ですが、「ああ、こんなことをしたら村野さんがあの世で激怒されるのでは……」と心配してしまいました。
観劇の際に、ふと足を止めて、ぜひ細部を鑑賞されることをおすすめします。もうここ、世界遺産にしていいと思う。
What's Your Reaction?
トリッププランナー編集長。 これまで行った旅先は世界40カ国、うち半分くらいはヨーロッパ。興味関心のあるテーマは歴史と建築、自然。一眼レフ好きだったが重くて無理になりつつある今日このごろ。