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『縄文神社』著者・武藤郁子さんに聞いた、縄文時代×神社=縄文神社の魅力 とは?

更新:2021年07月21日
ミノシマタカコ/minokiti

すっかり観光スポットとしても、日常のパワースポットとしても定着した神社という存在。この神社に「縄文」という視点を加えて、新しい魅力を提案したのが、フリーライター/編集の武藤郁子さんによる書籍『縄文神社 首都圏篇』(飛鳥新社)です。考古学×神社の知識から見えてくる新しい神社像は、お散歩にも新しい楽しみを増やしてくれています。今回は、武藤さんに縄文時代×神社の魅力についてお話を聞きました

――武藤さんが縄文に代表される古代史に惹かれるようになった原体験はありますか? 

私の家は埼玉県にあるのですが、ちょっと土を掘ると土器の欠片が出てくるような地域で。子どもの頃から、よくかっこいい土器の欠片を探して遊んでいたんです。

――今回「縄文神社」というテーマで神社巡りをはじめたきっかけは何ですか?

実は7・8年くらい前から、縄文遺跡と神社が重なる場所をリストアップしていました。2020年3月からコロナ禍で、いくつかのお仕事が延期になったことをきっかけに、本気でリサーチを始めたんです。
遺跡×神社でざっくり調べただけでも思った以上に数があったので、これはただごとではないぞ……と感じました。

出典:『縄文神社 首都圏編』(武藤郁子著、飛鳥新社 2021年)

――「縄文神社」という名前も素敵ですよね。

そう呼んでみたらイメージが定まって、「強くていいな」と感じたんです。そこからさらにリサーチを重ねていたら、周りの人たちに「本にした方がいい」と言われるようになって、2020年5月に書籍化が決まりました。
今年6月に出版してみたら、歴史に興味なさそうな方にも反応してもらえたのが意外でしたが、嬉しかったですね。

――ちょうど縄文遺跡群が世界遺産登録、というニュースがありましたが今、縄文が注目される理由は何だと思いますか?

まずは、縄文と言われる時期を見てみると、長い! 1万3000年もの間を縄文時代と呼んでいて、弥生時代から現代の長さの何倍もあるんです。
また、縄文時代というのは、世界史的に見ると非常識な時代なんですよね。どう非常識かというと、狩猟採集でありながら定住という、世界的に見ても特殊な文明が発達していたこと。どんどん世界の常識は変わっているので、この縄文へのイメージも、また発見によって変わってくるとは思いますが……。
縄文時代は理想化されやすいのですが、私の中では「私たちと同じだな」と感じる部分があります。
例えば、今の時代は問題を抱えながらも、法治国家で福祉も充実しています。縄文時代も戦いが少なく、資源を分け合いながら比較的穏やかな時代と考えられています。
そう考えると、今とそう変わらないのかもしれません。

――ほかにも現代と縄文時代で似ているものはありますか?

縄文と現代では動物に対する思いも似ていて、たとえば食料にするために育てていたはずのイノシシが丁寧に埋葬されていたりするんですね。私の勝手な想像だと、たぶん子供の頃から育てていたイノシシを、結局食べられなかったんじゃないかと。そして、そのことを社会も許してくれていた。このような動物への意識は、弥生時代くらいから変わってくるんですよね。

――今との共通性を感じられるからこそ、縄文時代が人気なのかも知れませんね。今回の書籍のテーマである「縄文神社」ならではの魅力についても教えてください。

縄文神社は、どこも朗らかで清々しい雰囲気だったことが印象に残っています。「怖いな」と感じる場所はなかったですね。空気が循環していて、滞りがない、バランスのいい場所という感覚でした。
ただ、何度も参拝している神社でも、感じ方が以前とちょっと変わった気がします。"縄文マインド"を植え付けた状態だったからこそ、そう感じたのかも知れません(笑)。思いを持ってその場に立つことで、見えるものも感じることも変わってくるのですね。

――確かに。意識しないと目に入らないこと、感じられないことってありますよね。

また、巨石信仰は縄文からだとされる方がいるのですが、巨石は弥生時代以降の新しい信仰のようなんです。縄文時代は、加工した石を信仰していました。きっと、その当時は加工した石が貴重だったからだと思います。
今回取材させていただいた七社神社では、縄文時代の遺跡から出土した石棒をモデルにお守りを作られたそうです。再現するのは今の技術でもかなり難しかったそうですよ。高い技術力もある時代だったこともわかります。

――最後に『縄文神社』を手にした人へ、メッセージをお願いします。

『縄文神社首都圏編』

ぜひ、本に載っている神社を訪ねてみて欲しいです。いくつか肌で感じて「なるほど」と思うようになれば、自分でも探せるようになります。ぜひ数千年の時を超えて存在する祈りの場所を体感してみてください。

――ありがとうございました!

■『縄文神社』著者・武藤郁子さんに聞いた、縄文神社的視点で楽しむ大山信仰(写真・文:武藤郁子さん)

神奈川県が誇る霊山・大山に対する信仰は、縄文時代から始まっていました。大山山頂からは縄文の遺物、山麓にはたくさんの遺跡が発見されています。代表的な縄文神社2社にお詣りして、元気をいただきましょう!

伊勢原駅→(バスを降りてこま参道を徒歩15分)→《大山ケーブル駅》→(ロープウェイ約7分)→《阿夫利神社下社駅(終点)》下車→大山阿夫利神社下社…(登拝門から登山:約90分)…大山阿夫利神社本社…(下山、約90分)…下社→《阿夫利神社下社駅》→《大山ケーブル駅》→(バス23分)→《石倉》バス停下車……(徒歩23分)………比々多神社…(徒歩5分)…元宮
*大山ケーブル駅から比々多神社へは、徒歩でむかうとなおよし。1時間20分ほど。

1)大山阿夫利神社下社
神奈川県伊勢原市大山12

山への信仰スタイルは、遠くから拝む「遥拝」と実際に登る「登拝」があり、縄文時代から行われていました。大山阿夫利神社はそのうちの「登拝」を継承する神社です。徒歩でも行けますが、ロープウェイなら約15分で到着。まだ大山の中腹なのですが、この地点からでも相模平野から相模湾まで一望でき、まさに絶景。心が洗われます。

2)大山阿夫利神社 登拝道からの鳥居と前社 
大山阿夫利神社(前社) 神奈川県伊勢原市大山 

下社拝殿の左手奥に登拝門があり、本社へはここが登山口になります。かなりちゃんとした登山なので、装備や飲み物などの準備を忘れずに。「縄文の人たちも登ったのよね…」と念じつつ、登っていきましょう。食べられそうな植物を探してみたり、水源の場所を想像しながら歩いてみると、だんだん心が縄文的に整っていきます。


3)大山阿夫利神社本社
大山阿夫利神社 本社 神奈川県伊勢原市大山


本社のご神体は「石」だとされ、お社の中に秘されています。山頂付近からは縄文土器が出土しているのですが、この「石」の周辺で祭祀が行われていた証拠ではないかと想像しています。縄文から現在まで祈りを捧げる対象が変わらないかもしれないと思うと、縄文の人々と自分が「祈り」で、シンクロしているような気がするんです。


4)比々多神社
神奈川県伊勢原市三ノ宮1472番地

大山山麓に鎮座する比々多神社一帯からは祭祀を伴う縄文遺跡が出土しているので、霊山・大山の遥拝地だったろうと考えています。境内は明るく優しい気配に溢れていて、私はこの朗らかな雰囲気こそ「縄文神社」だなあと思っています。境内に博物館があるので縄文土器も見られますし、周辺で出土した遺跡も復元されていますよ。

5)比々多神社元宮
神奈川県伊勢原市三ノ宮2265

本社の裏手から果樹園が点在する緩やかな傾斜地を上っていくと、約10分ほどの高台に元宮があります。元宮の背後には大山が、前方からは相模湾が一望でき、日当たりがよくて、優しい風が吹きぬける絶景地です。この台地周辺からも縄文遺跡が出土していて、400年ほど前まではこの高台付近に比々多神社本社があったそうです。


<取材協力>
武藤郁子(むとういくこ)

埼玉県生まれ。立教大学社会学部卒業後、出版社に入社、単行本編集に携わる。独立後、ベストセラー作家の時代・歴史小説やエッセイなどの編集に携わるかたわら、文化系アウトドアライターを名乗り、本質的な美や「場」に残された古い記憶を探し求める旅を続けている。webサイト「ありをりある.com」と「縄文神社.jp」を運営。著書に『縄文神社~首都圏篇~』(飛鳥新社刊)、共著に『今を生きるための密教』(天夢人刊)がある。
ありをりある.com  https://ariworiaru.com/
縄文神社.jp  https://jomonjinja.jp/

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