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うるわしのお屋敷めぐり。丁寧な暮らしに出会える下落合の林芙美子記念館は、東京のミニ京都だった。

うるわしのお屋敷めぐり。丁寧な暮らしに出会える下落合の林芙美子記念館は、東京のミニ京都だった。

いまも読み継がれる名作『放浪記』の著者、林芙美子。終の住処(ついのすみか)となった瀟洒なお屋敷が新宿区にいまも静かに佇んでいます。昭和のベストセラー作家の暮らしへのこだわりに満ちた、美しい邸宅を写真たっぷりでご紹介します。

「私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない。」と、いまだ読み継がれる名作『放浪記』で綴った作家、林芙美子。

貧しい生い立ちで子どもの頃は住むところを転々としていた彼女が、作家として成功を納めたのち、そのころの傷を癒すかのようにしっかりと根を下ろすべく建てたのが下落合の豪華な邸宅、現「林芙美子記念館」。設計を担当したのは、近代日本建築運動のリーダーの一人であり、ベルリンの建築家ヴァルター・グロピウスの元で学んだ山口文象です。


西武、都営地下鉄の「中井駅」から徒歩7分。味わい深い坂道の入り口に残るかつての林芙美子邸。
正直、貧乏のイメージが大きかった彼女なので、成功したとはいえもう少しこぢんまりした家なのかと想定していたのですが、その大きさにびっくり。……こ、これは完璧に豪邸ではないですか!  なんと敷地面積は300坪もあるのだそう。
玄関前にある、まるで京都の小径に迷い込んだような、風情ある坂道と階段もすてき。新宿区内にいるのを忘れる景色です。

坂の上から芙美子邸を見下ろすとこんな感じ。かつてアーティストが多く住む芸術村でもあった下落合界隈には、風情ある坂道がいっぱいあって、ああ絵になる場所でもあったんだろうなぁと実感。

さて、大人150円という驚きの低価格の入館料を支払い、さっそくお邪魔します。

ちなみに、いま入り口になっているこちらはかつての「勝手口」。お客様向けの玄関は、今は外から閉じられていますが、入館後には見学できるので見落とさないように。門から玄関まで孟宗竹の茂みに囲まれた、まるで京都の老舗料亭のようなそれは素晴らしいアプローチです。

ふたつの建物を繋ぎ合わせた形になっていて、 今どきの離れのある高級旅館みたいでおしゃれ!などと感心しましたが、実はこれ、当時の建築規制をかいくぐるためのアイデア。この家が建てられた昭和16年頃は、住宅は一棟あたり30坪の建坪制限があり(贅沢は敵な時代ですものね…)、なかなかこれぐらいの規模の豪邸は建てられなかったそう。夫で画家の緑敏名義の住宅と、芙美子名義のものを分けて建て、そのあとつなぎ合わせることで規制をクリアしたのだとか。自由に生きた芙美子ならではのかっこいいルール破りですね。


どこからどう眺めても端正でため息がでるような美しい和風建築。宮大工を祖父にもち数寄屋風の建築を得意とした山口文象が手がけた、貴重な現存する住宅です。芙美子は家を建てるにあたり、200冊もの建築関連書籍を買い求め、自ら設計図をしたため、大工らとともに京都まで民家を見学にいくなどそれは熱心だったそう。文章にもみなぎってますが、すべてにおいて美意識の高い人だったのだろうなぁ。

外観が美しいだけでなく、インテリアもすてきなので要チェック。家具はほとんどが作り付け、台所は今で言うシステムキッチン、戦時中にもかかわらずトイレは水洗、調度品にもじゅうぶんにお金がかけられています。贅沢は敵? 成功した女流作家の家だ、文句あるか!的な芙美子の啖呵が聞こえてくるようで、ちょっと痛快。

布団を入れていたという押し入れには、大工に命じてインド更紗を貼らせています。クールでシャープなインテリアの中に紛れ込ませた、女流作家の邸宅らしい華やかなひとこま。

芙美子が最も大切にしたコンセプトは「東西南北風の吹き抜ける家」。大きく開いた縁側と北側の大きな窓で、しっかりと風が抜けています。

この変幻自在に大きさが変わるちゃぶ台は芙美子の特注品。グッドアイデア!

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サモボル城から旧市街を見下ろす。

日当りが良く気持ちのよい部屋はすべて家族用で、客間にはお金をかけないのが信条だったとか。原稿を取りに来た編集者たちは暗く寒い北向きの部屋で待たされたそうです(ただし、お気に入りの編集者だけは日の当たる部屋へ案内したそうで、ちょっと怖い〜)。


人造石の磨き込まれた流し台に作り付けの食器棚が今でもじゅうぶんすてき! 台所も芙美子がお金をかけると決めた場所。水回りにこだわるっていかにも女性らしいですよね。

家の中にある照明はほとんど新しいものですが、こちらの照明は建築当時のものだとか。すごーーーく高いものらしいですよ。丁寧な細工がすばらしい。

こちらは元は納戸だったという仕事部屋。こんな豪華な家に住んでいるのに実はここにいることが多かったという芙美子。実際は椅子の後ろに万年床を敷いて、書いては眠り書いては眠りの日々。仕事を断らず、信じられない量の連載を抱えていた彼女の早すぎる死は過労のためとも言われています。窓の外の美しい庭を眺めるのが癒しのひとときだったのでしょうね。

林芙美子記念館のすばらしいところは、ボランティアガイドさんに丁寧に解説していただきながら見学ができること。私が訪れたときは時間がなかったので15分くらいでざっと見せてもらいましたが、丁寧なときは1時間もかけて案内してくださるそうですよ(ボランティアガイドの情報は公式サイトで御確認を)。
個人的には「ここは新宿区のミニ京都だ!」と思った麗しのお屋敷。よく晴れた休日など、ぶらりおでかけしてみては?

林芙美子記念館

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