オーストリア、ウィーン郊外にある建築家オットー・ワーグナーの最高傑作の一つとされるアム・シュタインホーフ教会。当時一流の芸術家や職人が参加した、まるごとアートな教会の、圧倒的な美しさをたくさんの写真とともにご紹介。どこよりも詳しい行き方付き徹底ガイドです!
「運命の神の美しき皮肉ではなかろうか。ウィーンで最初の分離派様式のまともな建物が、まともじゃない人々のために建てられただなんて」
1907年に完成したアム・シュタインホーフ教会を見て、あるオーストリアの州議員はそう言ったという。まるで映画の台詞みたいなエモーショナルな感想ではないか。
しかし110年後にこの地を訪れた私も、似たような、感傷的な気持ちを抱いた。それはこの教会の特異ななりたちに関係しているのかもしれない。
ウィーン郊外の森の中にあるこの教会の正式名称は「聖レオポルト教会」、アム・シュタインホーフ精神病院付属の礼拝堂である。
1.4キロ平方メートルという広大な敷地内に複数の白い病棟が並ぶこの病院は、20世紀初頭に作られ、約2,000名の患者を収容する当時ヨーロッパでは最大最新の精神病院。その起工式にはハプスブルク皇帝フランツ・ヨゼフも出席するほどの力の入ったプロジェクトだった。
なだらかな丘陵地帯の森の中に突如現れた「白い街」、その最も高い場所にそびえる個性的すぎる教会は、病院の中にある礼拝堂にしてはあまりにも華麗すぎるため、訪れるものに何か壮大の物語の中に巻き込まれたような感覚を与えている。
その印象から、冒頭で紹介したようなセンチメンタルな感慨が生まれたのだろう。
◎ 20世紀初頭は議論の的となった「問題作」は今やワーグナーの代表作に。
建設当初は「インドのマハラジャの墓所のようだ」などともいわれ議論の的となったというこの教会も、今ではウィーンを代表する名建築の一つであり、近代建築の巨匠オットー・ワーグナーが手がけた中で最も美しいと評価されているマスターピース。
19世紀末のウィーンの都市計画を牽引したワーグナーが手がけたユーゲント・シュティール(アール・ヌーヴォー)の建築は美しい駅舎をはじめ、ウィーン旧市街でいくつも見ることが出来る。
しかし、ここは多少の不便を押してでも訪れる価値がある、まるでアートのような、というか、実際まるごとアートな教会なのだ。
建築を彩る各種彫刻、椅子などの家具、ステンドグラス、祭壇画などを手がけたのは当時一流の職人や芸術家たち。
ウィーン美術アカデミーの教授だったオットー・ワーグナーの面目躍如ともいえるすさまじいプロデュース力に恐れ入るしかない、有名アーティストたちの夢の競演。
迫り来るハプスブルク帝国の崩壊の前に、まるで爆発するように一瞬きらめいた世紀末ウィーンの美。
たとえば、教会の正面で祈りを捧げているかに見える、黄金の翼を持つ天使像を手がけたのはウィーン分離派のオトマー・シムコヴィッツ。ウィーン中心部にあるワーグナーが手がけた有名な世紀末建築メダイオンハウスや郵便貯金局の屋上にある女性像も手がけている建築彫刻家だ。
天使の像の後ろにポンポンと打たれている丸い点は、ワーグナー建築ではおなじみの手法となっているリベット(頭が丸い鋲)。鉄板を留めるように鋲で固定された大理石の表情がとても個性的でおしゃれ。
黄金のドーム屋根の前で人々を見下ろすのは、オーストリアの保護聖人である聖レオポルトと、起源400年頃ドナウ地方の伝道者だったという聖セヴェリンというウィーンにゆかりのある二人。
やさしげな天使像の上にそびえる二つの像は、優美にふれがちな教会の印象をきりりと引き締め、男性的な力強さを添えている。
ちょっと日本の城の石垣を思わせる石の壁、ねじの形の銅製の柱、白い大理石にうがたれた鋲など、教会の外観は天使の像を除けばどちらかといえば力強くハードな印象で、威厳があるとさえ言っていい。けれど、この扉を開けると、驚くほどがらりと印象が変わるのだ。
さぁ、ワーグナー劇場へ足を踏み入れてみよう。
◎ ウィーン分離派の美に溢れた、奇跡のようなアール・ヌーヴォー教会
堂内に足を踏み入れると目の前にぱっと広がるのは、光り溢れる白と金の世界。
あまりの美しさに多くの人が声をもらす。もちろん私だってもらす。
外と内の印象の差がドラマティックすぎる!
金色に輝く繊細で優美な装飾や照明、透明感のある白い大理石の壁、優しく包み込むような神々の姿。光り溢れる祈りの場は、世紀末ウィーンの芸術家たちの夢の跡。
まるで天国へ足を踏み入れたよう。けれど手放しに楽園にきたとは喜べない、どこかアンニュイな美はウィーンならでは。
華麗で装飾過多になりがちなアールヌーヴォーに、モダンな印象を添えているのが幾何学模様の壁や天井。重厚と軽妙のバランスが素晴らしい。
参加している芸術家の中でも特に有名なアーティストが、ステンドグラスを手がけたコロマン・モーザー。
ヨーゼフ・ホフマンらとウィーン工房を設立したデザイナーで、ヨーロッパでは有名な、ワーグナーが最も信頼していた芸術家のひとり。
日本でも2016年に銀座のギャラリーで作品展が開催されるなど注目を集めている。
両脇の祭壇の上の壁画は、ウィーン分離派の画家ルドルフ・イェットマーが手がけている。
教会の入り口の上にあるのはオルガン職人スボボダが手がけたパイプオルガン。こちらも極めて珍しいアール・ヌーヴォー・スタイルのオルガンである。
全てが徹底的にアール・ヌーヴォーな堂内は、個性が強い作品が集まっているのにもかかわらず見事に調和している。その耽美な美しさはあまりにも完璧でちょっと辛いほど。
そんな研ぎすまされた空間に暖かみを添え、ほっとさせてくれるのが、ウィーン工房がオリジナルで作ったという素朴な佇まいの木製の椅子。角が丸いのは、病人たちがぶつかってけがをしないためだとか。
アム・シュタインホーフ教会の内部は通常非公開だが、毎週土曜日の15時からガイドツアー(ドイツ語のみ、約1時間=大人8ユーロ)を行っており、その後も16-17時まで開館していて(ガイドツアー後に入る場合は入館料2ユーロ)見学が可能。日曜も12-16時まで開館(入館料2ユーロ)、16時からガイドツアー(ドイツ語のみ、約1時間=大人8ユーロ)を行っている(2017年夏時点)。
私は張り切りすぎてドイツ語のガイドツアーにまで参加してしまったが、正直何を言っているのかわからず、人々が注目する視線の先を見て、「あ、あそこが重要なんだな」と推測するくらいだった。約1時間、じっとそれを聞いているのが辛い人は、入館だけでもいいように思う。
入り口で売っている公式ガイド本には日本語バージョンもあるので、それを購入して見学するとより理解が深まっておすすめ。
◎ どこよりも詳しいアム・シュタインホーフ教会への行き方
それでは最後に、どこよりも詳しいウィーン中心部からアム・シュタインホーフ教会までの行き方を伝授しましょう。たっぷりの写真付きで図解しているので迷わずたどり着けるはず。
まず、地下鉄U4で「Volkstheater(フォルクス劇場)」駅に向かいます。
上の写真がフォルクス劇場。この入り口の隣にある小さな公園の横にバス乗り場があります。下の彫刻が目印。写真左端に「H」という文字が見えますよね? そこが乗り場です。
あまりにも小さくて目立たないバス停なので、拡大版はこちら↓。48Aに乗ります。
時刻表を見るとびっくりするぐらい本数が出ているので乗り遅れてもご安心を。下の写真で赤い矢印でチェックを入れいるOtto-Wagner-Spitalが降りるバス停。
バスの中はこんな感じ。正面モニターで次の駅がどこか表示されているのでとてもわかりやすく、言葉がわからなくても大丈夫。約30分で到着します。
バス停を降りたら、下の写真左のゲートを入って左に進みます。下の写真右のような案内板があるので、Kircheのほうへ進み、約5分ほど丘を登れば到着。なだらかな丘陵地帯にあるので眺めも最高です。
帰りは道路を渡ってすぐのところにバス停があります。
またフォルクス劇場まで乗って地下鉄で帰るもよし、終点までいけばトラムにも乗り換えOK。
注意事項としては、病院周囲にはスーパーマーケットはおろかカフェ等も何もないので、飲み物を街の中心部で買っていったほうがいいことかな。けっこう坂を上るし喉が渇きます。
2018年はオットーワーグナーが亡くなってからちょうど100年。奇しくもクリムト、シーレ、コロマン・モーザーらウィーンを代表する芸術家たちも同年にこの世を去った。オーストリア=ハンガリー帝国の崩壊とともに一斉に消えたウィーン美術界のスターたち。なんだかすべてが出来すぎた小説みたいだ。そんな歴史を思うと、いっそうアム・シュタインホーフ教会の美しさが胸に迫る。
2018年は火花のように散ったアーティストたちのメモリアルイヤー。イベント等ももりだくさんのようなので、きっとアートファンがハプスブルク家ゆかりの古都に集まる一年になるはずだ。
参考文献:『アム・シュタインホーフ教会』(Psychiartisches Krankenhaus der Stadt Wien, 1998、※教会内で販売されている公式ガイド本)
<取材協力>
・オーストリア大使館商務部
この記事はウィーン商工会議所(ウィーンプロダクツ)主催のプレストリップ参加時に、個人的に訪れて執筆しました。
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トリッププランナー編集長。 これまで行った旅先は世界40カ国、うち半分くらいはヨーロッパ。興味関心のあるテーマは歴史と建築、自然。一眼レフ好きだったが重くて無理になりつつある今日このごろ。