ユリイカ2021年3月号の特集にもなった漫画家/アーティスト・近藤聡乃さん。彼女の人気作品『A子さんの恋人』は、恋に生き方に揺れ動くアラサーたちの物語。阿佐ヶ谷をはじめ、押上や谷中など都内各地の名所が、美しいタッチで描かれています。揺れる心を抱えたときに漫画を重ねて立ち寄りたい、作品を象徴するスポットをマンガナイトBOOKS松尾奈々絵さんに教えてもらいました。
――まずは、松尾さんが所属されている「マンガナイトBOOKS」について教えてください。
「マンガナイトBOOKS」は、文京区春日にあるマンガ専門の新刊ブックカフェ兼ギャラリーです。定期的にマンガ作品の原画等の企画展を実施し、展示期間に営業しています。現在新型コロナウイルス感染拡大防止のため、貸し切り予約制で営業しています。
――お仕事にするほど、漫画に深くハマったきっかけなどはありましたか?
幼い頃からマンガが身近にある生活を送ってきたので、仕事になるほどハマったという明確なきっかけは思いつかないですね。
ただ、中学生の時に読んだ緑川ゆきさんの『蛍火の杜へ』には、特に心動かされました。当時はまだ今ほど緑川さんの作品が売れていない時期だったので、「世の中には知られていないけれども素晴らしい作品がたくさんあるんだな」と思ったのを覚えています。
――数ある作品の中から今回推して頂いたのが、近藤聡乃さんの作品『A子さんの恋人』。この作品の魅力について教えてください。
学生時代の恋人 “A太郎”と、アメリカに残してきた恋人 “A君”の2人との関係性で揺れ動く “A子”さんが主人公です。
というと、色恋モノとして敬遠される方もいるかもしれませんが、それだけではなく、もうすぐ30歳をむかえる登場人物たちが才能や生き方に悩みながら、未来の取捨選択する様子が描かれています。ぜひ多くの方に手に取ってほしい作品です。
――作品に登場する場所巡りは、アニメなどでもよく「聖地巡り」として楽しまれていますよね。今回の『A子さんの恋人』の聖地の特徴や作品と一緒に楽しむことでの魅力は何でしょうか。
商店街やお店、公園、美術館など、作中には実在するスポットがたくさん出てきます。そのリアルな場所に行ったことがなくても楽しめる作品ですが、実際に訪れることで「どうしてこの人がこの場所に住んでいるのか」など、キャラクターの「人となり」がよりよくわかります。そして、現地を訪れることで実際にキャラクターが現実に存在するような感覚が抱けるので、読了してから各所訪れるのがおすすめです。
――ありがとうございます。実際に作品を読むと、行ったことがあるスポットも、何か別の場所のように感じさせるノスタルジックなドローイングにも心奪われます。読めば読むほど魅力を感じる登場人物たちを思い出しながら巡ってみてください。
■マンガナイトBOOKS松尾奈々絵さんが選ぶ漫画『A子さんの恋人』の聖地5選(写真・文:松尾奈々絵さん)
東京スカイツリー 東京都墨田区押上1-1-2
東京にいる人だけではなく、おそらく全国のほとんどの人が知っているであろう「東京スカイツリー」。墨田区押上に2012年に完成したタワーで、高さは634メートルあります。
作中では1巻1話でアメリカから帰ってきた後にA子が訪れています。
A子は高いところが好きで、学生時代、まだ東京スカイツリーができる前にはA太郎とのデートで東京タワーを訪れていました。
モヤモヤしていることを言葉に、作品にしようと試みているA子(A子の職業はマンガ家です)は、「頭の中でまとまらないことも高いところから見れば整理できるのかな」と思案します。作中、A子さんは東京スカイツリーを再び訪れます。そのシーンの気持ちを反芻しながら訪れたいスポットです。
夜景が綺麗なスポットですが、『A子さんの恋人』ファンは午前中の明るい時間に訪れるのがオススメです。
夕焼けだんだん 東京都荒川区西日暮里3-14
日暮里方面から谷中銀座に降りる階段は、通称・夕やけだんだんと呼ばれています。一般公募で選ばれた名称なんだそう。この夕やけだんだんを降りれば「谷中ぎんざ」商店街。飲食店やお惣菜、雑貨屋など多くの店で賑わっています。
A太郎は学生時代から変わらず谷中のアパートで暮らしています。そのため作中では何度もこの階段が登場します。特に印象に残っているのは、4巻の「あいこの乱」、そして6巻の「えいこも走る!」。
どちらも感傷的になるシーンですが、実際にこの階段を訪れてその舞台を生み出す力のある場所だなと感じました。『A子さんの恋人』は話の展開やセリフだけではなく、絵に大きな魅力があります。明け方、夏の暑い日中、夕暮れ、そして人気のない深夜――。それぞれの時間の表現が美麗です。それにしても本当にこんなに夕日が綺麗に見える場所が都内にあるんですね。
カヤバ珈琲 東京都台東区谷中6-1-29
日暮里駅から谷中霊園の並木道を通り抜け、進んでいった場所にある喫茶店です。
建物は大正5年建設とされていて、ミルクホール、かき氷・あんみつ店、などを経て、1938年に「カヤバ珈琲店」となったそう。
その後、2006年に一度閉店されますが、その後地域内外の支援を得て、新しい運営者によって2008年に復活しました。名物メニューを再現した「たまごサンド」に加えて、「谷中ジンジャー」などの新メニューも人気です。
どうやらA太郎の家から近すぎず遠すぎない場所にあるようで、作中ではA子がA太郎に借りてきたコートを返すための場所候補として上がり、その後仕事先の女の子にA太郎が告白された場所としても登場しました。
A子が「情緒がありすぎる」という理由で会う候補して無しにしたように、誰かとゆっくりとお話する場所にぴったりです。ちなみに作中に登場する「愛玉子」や「SCAI THE BATHHOUSE」はすぐの場所にあるので、「A子さんの恋人」巡りをして一息つく場所としてもオススメです。
大田黒公園 杉並区荻窪3-33-12
大田黒公園は荻窪にある区立の都市公園です。
荻窪駅からは歩いて6分くらい。住宅街の中にあります。正門をくぐるとイチョウの並木道があり、その先には茶室や中庭、あずま屋と池があり、心落ち着く公園です。訪れた時はもう冬真っ只中で景色は少し寂しい感じでしたが、秋になると紅葉に訪れる人が多くいるそうです。
作中ではK子とU子が口喧嘩した際にK子が、U子の彼氏のおじいちゃんと一緒に訪れたのがこの公園でした。おじいちゃんはただ巻き込まれてK子ちゃんと一緒に家を出ましたが、途中で「こっち こっち」と道を案内しているのは実はK子ちゃんではなくおじいちゃん。心を落ち着かせるために、この公園まで案内してくれたんじゃないかなと思いました。疲れて落ち着きたい時に訪れてみてはいかがでしょう。
阿佐ヶ谷北口駅前 スターロード商店街 杉並区阿佐谷北2丁目あたり
阿佐ヶ谷は、A子だけではなく、学生時代からの友人K子・U子も暮らす街。そのため、書楽阿佐ヶ谷店、ミスティーオーパース、ジェラテリアシンチェリータ、寿々木園、名曲喫茶ヴィオロン、天徳泉など作中でも多くのお店が登場します。
その中でも実際に訪れて良かったと思ったのが「スターロード商店街」です。
2巻でA太郎とU子が「スターロード中のたいしておいしくない物を食べるぞ〜!」と商店街に笑顔で走っていくシーンが個人的に大好きで。この “たいしておいしくない物”がなんだか楽しめる予感がする、友達とくつろげる雰囲気を感じました。
大学時代の友人と食べるのであれば、高くて美味しい物じゃなくて、安くてたいしておいしくない物が欲しくなったりしますよね。気兼ねなく寛げる、そんな商店街だなと思いました。
<取材協力>
松尾奈々絵(まつおななえ)
津田塾大学卒業後、2015年にコンテンツメーカー有限会社ノオトに入社、2020年よりレインボーバード合同会社、一般社団法人マンガナイト在籍。
▼マンガナイト http://manganight.net/
▼松尾Twitter https://twitter.com/nanaematsuo