聖地に関する旅行の現地取材記事まとめ - トリッププランナー https://tripplanner.jp/topics/tag/聖地 少し違う旅のアイデア Wed, 14 Jan 2026 07:14:30 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.9 https://tripplanner.jp/wp-content/uploads/2021/01/cropped-favicon-32x32.png 聖地に関する旅行の現地取材記事まとめ - トリッププランナー https://tripplanner.jp/topics/tag/聖地 32 32 これが1万年続く聖地…!『縄文神社』著者と川崎のミステリアスな縄文神社を訪ねてみた。 https://tripplanner.jp/topics/4607 Tue, 23 Jan 2024 00:35:49 +0000 https://tripplanner.jp/?p=4607 みなさんは縄文神社という言葉をご存知だろうか。これは『縄文神社 関東甲信篇』『縄文神社 首都圏篇』の著者、武藤…

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みなさんは縄文神社という言葉をご存知だろうか。これは『縄文神社 関東甲信篇』『縄文神社 首都圏篇』の著者、武藤郁子さんが作った「縄文遺跡と神社が重なっている場所」を意味する言葉。いわば、1万年以上、祈りの場として続いている最強の聖地を指す。

縄文神社 関東甲信篇
2023年12月に発売されたばかりの『縄文神社 関東甲信篇』。なんと明治神宮も縄文神社だった!?

縄文遺跡といえば、青森の三内丸山遺跡とか長野の諏訪など、東北、甲信越をまず思い浮かべてしまうが、武藤さんのリサーチによれば、実は圧倒的に多いのは関東地方。渋谷とか池袋といった大都会にも普通にあるのが縄文遺跡、あるいは縄文神社なのだ

そんなに身近な聖地なら一緒に参拝しましょう、ということで、贅沢にも武藤さんのガイドで首都圏の縄文神社へ行く機会に恵まれた。これはそのレポートである。おお…これが縄文神社か!という興奮をお伝えできると嬉しい。

⇒前作『縄文神社 首都圏篇』の際にインタビューした記事はこちら

■多摩丘陵でひときわ高い場所の聖地へ

今回私が行ってみたい!とリクエストしたのは、縄文遺跡が数多くあることでも知られる多摩丘陵にある長尾神社。この神社がある川崎市多摩区は、日本民家園、藤子・F・不二雄ミュージアム、岡本太郎美術館など多くの観光名所があり、なんとなく人を引き寄せるパワーがあるように感じたからだ。

長尾神社は多摩丘陵の中でも、最も標高の高い権現台に位置するので、足腰が弱い人なら登戸駅などからバスで行ったほうが良いのだが、武藤さんによれば「宿河原駅から30分ほど歩いて行って、多摩丘陵の登り下りを体感するのがおすすめです。長尾神社の良さはあの地帯を歩いてみてわかる良さなので」とのことなので、我々は宿河原駅からの徒歩コースで向かうことにする。

駅を出て長尾神社方面に少し歩くと、驚くほどの透明度の小川が見えてくる。二ヶ領用水といい、明治から大正にかけてはこの水で天然氷が作られ、東京方面に出荷されていたらしい。それぐらいきれいな水なのだ。

カモもいっぱい。桜並木があるので春は綺麗だろうな。

縄文神社は水との関係が深いらしいので、この清らかな水を前に、来たぞ来たぞ…と思いつつ先へ進む。

長尾の花めぐり
長尾神社への道はおすすめの散歩コースらしく、看板などもあった。

■丘の上にある絶景の縄文遺跡へ

ちょっとした低山登山なみの坂をえっちらおっちら登ると、最初に現れるのがふじやま遺跡公園(長尾台遺跡)である。縄文、弥生、古墳時代の竪穴(たてあな)住居跡が約30軒ほど発見された場所だが、現在は特に再現されておらず、見晴らしのいい公園になっている。

なお、武藤さんが定義する縄文神社が鎮座する典型的な「縄文ロケーション」は、

  1. 湧水がある山麓や台地崖下
  2. 見晴らしの良い台地
  3. 水辺に突き出した土地の先端
  4. 霊山の形が綺麗に見える丘陵や自然堤防の上
  5. 岬の先にある島や湖沼の中の島

とのことだが、この遺跡はまさに、に当てはまるな…と実感。

遠くに新宿や六本木が見える!夜はさぞかしきらびやかだろう。

何しろ、公園の片側は完全なる崖。
「最も海進が進んだ頃には、川崎市千年から宮内のあたりまで海が来ていたそうなので、右手には海が見えたことでしょう」(『縄文神社 関東甲信篇』P167)という武藤さんの文章を参考にしながら、縄文人が見た景色を思い浮かべる。の「水辺に突き出した土地の先端」とは言えないが、遠くに海を望む土地の先端ではあったのだろう。

よし、心がだんだん縄文人に寄り添ってきたぞ…!

■ 山のふもとにあるお寺を経て、高台の長尾神社へ

この遺跡から少し歩けば、長尾神社とも縁が深いという妙楽寺が見えてくる。

こぢんまりとしたお寺だが、文化財も豊富で、手入れされたお庭、掃き清められた境内がすがすがしい。紫陽花の名所でもある。その歴史は古く、源氏ゆかりのお寺として知られ、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の愛されキャラ(?)阿野全成が住職をしていた威光寺の旧跡とのこと。

なお、妙楽寺と長尾神社とは、つながっているといっていいほど近く、明治の廃仏毀釈まではほとんど一体だったのではないか…と感じるほどだ。

妙楽寺をお参りし、さらに坂道を少し登っていよいよ長尾神社へ。

長尾神社
着いたー!と思ったらまだ登る!

プチ登山の最終地点ともいえる神社は、さらに急勾配の石段を上がった先に鎮座する。何しろ、このあたりの最高丘陵(海抜約82m)にあるお社である。

鳥居の向こうには都会の絶景。

長尾神社の公式ホームページには、霊峰富士丹沢山塊など、関東一円の山々が一望できるとある。これは、縄文ロケーションその4「霊山の形が綺麗に見える」に当てはまるではないか! むっちゃ縄文神社だ!

「ここはもともと修験の人たちの道場だったみたいで、昔は水源があって、滝のような水場もあったかもしれませんね」と武藤さん。縄文ロケーションには水も大切な要素だが、今は神社の周囲は住宅地となっており近くに泉のようなものは見当たらない。崖の上という地形を考えると、おそらく以前は湧水があったのだろうが、枯れてしまったか、開発時に埋められたのか……そこは想像するしかない。

ご挨拶をする武藤さん

長尾神社は、明治以前は五所権現社という名の修験道のお社だったという。なぜ「五所」かというと、五柱の神仏を祀っていたからだそう。この5という数字は、このあとに知ることになる、神秘的すぎるこの土地の歴史のキーワードでもある。

神社の裏手の林では、猫たちが楽しそうに走り回っていた。のんびりとした空気と、木々を揺らすやわらかな風が心地よい。

「このおだやかな感じ、流れる空気のよさが縄文神社の特徴なんですよね」と武藤さんがニコニコしながら言う。きっと縄文人たちも、同じようにこの場所を気持ち良いと感じていたことだろう。

猫に話しかける武藤さんと、ツンデレちゃん

■五所塚から長尾神社へ、ミルフィーユのように重なるミステリアスな歴史

さて長尾神社を訪れたなら見逃せないポイントがある。権現台遺跡という縄文時代中期から後期の集落跡がある平坦な台地部分に、長尾神社とともに並んでいる五所塚第一公園

この五所塚第一公園が、なんとも言えない不思議スポットなのだ

どうがんばっても、写真ではそのミステリアスさをお伝えできないので、ぜひ現地に足を運んでほしいのだが、要するに、土をまんまるに盛った「塚」が、ぽんぽんぽん、とほぼ等間隔に5つ並んでいるのである。正直、それまでにみたことがないユニークなルックス。しかもその塚はよほど神聖なものなのか、がっちりと柵でガードされており立ち入ることはできない。

「五所塚は、直径四メートル・高さ二メートル前後の五つの塚が南北に並んでいることから、地元では古くから、こう呼ばれてきました。外観は古墳時代の円墳(えんぷん)に似ていますが、実際は、中・近世に村境や尾根筋に築かれた十三塚などと同様の、民俗信仰に基づく塚であると考えられています。」と、川崎市教育委員会による掲示にある。

「なんの根拠もないんですが…」と断った上で、武藤さんが話す。

「私の想像では、密教の修法の中でも大がかりな五壇法みたいなことをやった跡ではないかと思います。五箇所の塚の前に壇を築いて修法を行った可能性もあるんじゃないでしょうか」

五壇法とは、不動明王を中心に、降三世明王、大威徳明王、軍荼利明王、金剛夜叉明王の五大明王それぞれに壇を築き、5人の行者が各座にて息災などを祈願する、かなり強力な密教の修法

神社について語り合う武藤さんと『狛犬さんぽ』著者のミノシマタカコさん。塚が結構大きいのがおわかりいただけるだろうか。

ちなみに、川崎市教育委員会が言う十三塚とは、Wikipediaによれば、13基の塚(マウンド)から構成される土木建造物。「十三塚は中世の遺構なんですが、こういう形は本当に珍しいんですよ」と武藤さん。確かに十三塚で画像検索を試みても、こんな妙な(?)ルックスのものは見当たらない。こんなにミステリアスなのに、ほぼ猫と近所の子どもの遊び場でしかないなんて! 『ムー』編集部あたりでぜひ謎を解明してほしい。

そして、さらに私が衝撃を受けたのが、このあたりで五角形という特異な形状の縄文中期の竪穴住居跡と祭祀跡が発見されたと同じ掲示に書かれていたこと。

五角形の竪穴式住居があった場所に、つの塚が築かれ、その隣に五柱の神仏を祀る社が作られた…だと?

五角形の竪穴式住居は縄文中期(5000~4000年前)のものなので、五所塚が作られた中世には地中深くに埋れており、人々はその存在を知らなかったはずだ。
なのにそこに5つの塚を作るなんて、その符号は一体何? 超能力!? 教えて『ムー』編集部ーー!

「縄文神社の一つの仮説は、人が聖なる場所に選ぶ基準は意外と変わっていない、ということ。今の私たちは、発掘調査などからここに縄文時代の祭祀跡があったことはわかっています。でも、そんなことを知らなかったはずの中世や近世の人たちも「聖なるものを作るならここだ」と思った。やはり誰もが祈りたくなる場所は不変だからなのだと思います」と、武藤さん。

五所塚から長尾神社方面を望む。遠くに見える高い木が神社のもの。同じ高さの平坦な台地上に5に関係する2つの祈りの場が連なる。

縄文時代の祭祀跡、中世の祈りの場、鎌倉幕府から重要視された天台宗の寺院、そして修験の道場でもあったという長尾神社。いくつもの異なる時代と、異なる祈りの形がミルフィーユのように重なり合うこの土地の不思議。

時代は移れど、変わらない何かを軸に私たちは昔の人たちとしっかり繋がっているのだ…そんな実感に心震えた縄文神社なのだった。縄文神社巡拝、くせになりそうに良い…!

長尾神社界隈は閑静な住宅街でコンビニなどは見当たらないので、散歩のときは必ず水を持参しよう。

【取材協力】
武藤郁子(むとういくこ)さん

埼玉県生まれ。立教大学社会学部卒業後、出版社に入社、単行本編集に携わる。独立後、ベストセラー作家の時代・歴史小説やエッセイなどの編集に携わるかたわら、文化系アウトドアライターを名乗り、本質的な美や「場」に残された古い記憶を探し求める旅を続けている。webサイト「ありをりある.com」と「縄文神社.jp」を運営。近著に『縄文神社 関東甲信篇』(双葉社)、著書に『縄文神社 首都圏篇』(飛鳥新社)、共著に『今を生きるための密教』(天夢人刊)がある。
現在、密教に関する著書を執筆中。
ありをりある.com  https://ariworiaru.com/
縄文神社.jp  https://jomonjinja.jp/

■長尾神社 https://nagaojinjya.com/

<関連リンク>
『縄文神社』著者・武藤郁子さんに聞いた、縄文時代×神社=縄文神社の魅力 とは?

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『縄文神社』著者・武藤郁子さんに聞いた、縄文時代×神社=縄文神社の魅力 とは? https://tripplanner.jp/topics/2859 Wed, 21 Jul 2021 13:38:47 +0000 https://jp.tripplanner.jp/?p=2859 ――武藤さんが縄文に代表される古代史に惹かれるようになった原体験はありますか?  私の家は埼玉県にあるのですが…

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――武藤さんが縄文に代表される古代史に惹かれるようになった原体験はありますか? 

私の家は埼玉県にあるのですが、ちょっと土を掘ると土器の欠片が出てくるような地域で。子どもの頃から、よくかっこいい土器の欠片を探して遊んでいたんです。

――今回「縄文神社」というテーマで神社巡りをはじめたきっかけは何ですか?

実は7・8年くらい前から、縄文遺跡と神社が重なる場所をリストアップしていました。2020年3月からコロナ禍で、いくつかのお仕事が延期になったことをきっかけに、本気でリサーチを始めたんです。
遺跡×神社でざっくり調べただけでも思った以上に数があったので、これはただごとではないぞ……と感じました。

出典:『縄文神社 首都圏編』(武藤郁子著、飛鳥新社 2021年)

――「縄文神社」という名前も素敵ですよね。

そう呼んでみたらイメージが定まって、「強くていいな」と感じたんです。そこからさらにリサーチを重ねていたら、周りの人たちに「本にした方がいい」と言われるようになって、2020年5月に書籍化が決まりました。
今年6月に出版してみたら、歴史に興味なさそうな方にも反応してもらえたのが意外でしたが、嬉しかったですね。

――ちょうど縄文遺跡群が世界遺産登録、というニュースがありましたが今、縄文が注目される理由は何だと思いますか?

まずは、縄文と言われる時期を見てみると、長い! 1万3000年もの間を縄文時代と呼んでいて、弥生時代から現代の長さの何倍もあるんです。

また、縄文時代というのは、世界史的に見ると非常識な時代なんですよね。どう非常識かというと、狩猟採集でありながら定住という、世界的に見ても特殊な文明が発達していたこと。どんどん世界の常識は変わっているので、この縄文へのイメージも、また発見によって変わってくるとは思いますが……。
縄文時代は理想化されやすいのですが、私の中では「私たちと同じだな」と感じる部分があります。
例えば、今の時代は問題を抱えながらも、法治国家で福祉も充実しています。縄文時代も戦いが少なく、資源を分け合いながら比較的穏やかな時代と考えられています。
そう考えると、今とそう変わらないのかもしれません。

――ほかにも現代と縄文時代で似ているものはありますか?

縄文と現代では動物に対する思いも似ていて、たとえば食料にするために育てていたはずのイノシシが丁寧に埋葬されていたりするんですね。私の勝手な想像だと、たぶん子供の頃から育てていたイノシシを、結局食べられなかったんじゃないかと。そして、そのことを社会も許してくれていた。このような動物への意識は、弥生時代くらいから変わってくるんですよね。

――今との共通性を感じられるからこそ、縄文時代が人気なのかも知れませんね。今回の書籍のテーマである「縄文神社」ならではの魅力についても教えてください。

縄文神社は、どこも朗らかで清々しい雰囲気だったことが印象に残っています。「怖いな」と感じる場所はなかったですね。空気が循環していて、滞りがない、バランスのいい場所という感覚でした。
ただ、何度も参拝している神社でも、感じ方が以前とちょっと変わった気がします。”縄文マインド”を植え付けた状態だったからこそ、そう感じたのかも知れません(笑)。思いを持ってその場に立つことで、見えるものも感じることも変わってくるのですね。

――確かに。意識しないと目に入らないこと、感じられないことってありますよね。

また、巨石信仰は縄文からだとされる方がいるのですが、巨石は弥生時代以降の新しい信仰のようなんです。縄文時代は、加工した石を信仰していました。きっと、その当時は加工した石が貴重だったからだと思います。
今回取材させていただいた七社神社では、縄文時代の遺跡から出土した石棒をモデルにお守りを作られたそうです。再現するのは今の技術でもかなり難しかったそうですよ。高い技術力もある時代だったこともわかります。

――最後に『縄文神社』を手にした人へ、メッセージをお願いします。

縄文神社首都圏篇
『縄文神社首都圏編』

ぜひ、本に載っている神社を訪ねてみて欲しいです。いくつか肌で感じて「なるほど」と思うようになれば、自分でも探せるようになります。ぜひ数千年の時を超えて存在する祈りの場所を体感してみてください。

――ありがとうございました!

■『縄文神社』著者・武藤郁子さんに聞いた、縄文神社的視点で楽しむ大山信仰

(写真・文:武藤郁子さん)

神奈川県が誇る霊山・大山に対する信仰は、縄文時代から始まっていました。大山山頂からは縄文の遺物、山麓にはたくさんの遺跡が発見されています。代表的な縄文神社2社にお詣りして、元気をいただきましょう!

伊勢原駅→(バスを降りてこま参道を徒歩15分)→《大山ケーブル駅》→(ロープウェイ約7分)→《阿夫利神社下社駅(終点)》下車→大山阿夫利神社下社…(登拝門から登山:約90分)…大山阿夫利神社本社…(下山、約90分)…下社→《阿夫利神社下社駅》→《大山ケーブル駅》→(バス23分)→《石倉》バス停下車……(徒歩23分)………比々多神社…(徒歩5分)…元宮
*大山ケーブル駅から比々多神社へは、徒歩でむかうとなおよし。1時間20分ほど。

1)大山阿夫利神社下社

神奈川県伊勢原市大山12

山への信仰スタイルは、遠くから拝む「遥拝」と実際に登る「登拝」があり、縄文時代から行われていました。大山阿夫利神社はそのうちの「登拝」を継承する神社です。徒歩でも行けますが、ロープウェイなら約15分で到着。まだ大山の中腹なのですが、この地点からでも相模平野から相模湾まで一望でき、まさに絶景。心が洗われます。

2)大山阿夫利神社 登拝道からの鳥居と前社

大山阿夫利神社(前社) 神奈川県伊勢原市大山

下社拝殿の左手奥に登拝門があり、本社へはここが登山口になります。かなりちゃんとした登山なので、装備や飲み物などの準備を忘れずに。「縄文の人たちも登ったのよね…」と念じつつ、登っていきましょう。食べられそうな植物を探してみたり、水源の場所を想像しながら歩いてみると、だんだん心が縄文的に整っていきます。

3)大山阿夫利神社本社

大山阿夫利神社 本社 神奈川県伊勢原市大山

本社のご神体は「石」だとされ、お社の中に秘されています。山頂付近からは縄文土器が出土しているのですが、この「石」の周辺で祭祀が行われていた証拠ではないかと想像しています。縄文から現在まで祈りを捧げる対象が変わらないかもしれないと思うと、縄文の人々と自分が「祈り」で、シンクロしているような気がするんです。

4)比々多神社

神奈川県伊勢原市三ノ宮1472番地

大山山麓に鎮座する比々多神社一帯からは祭祀を伴う縄文遺跡が出土しているので、霊山・大山の遥拝地だったろうと考えています。境内は明るく優しい気配に溢れていて、私はこの朗らかな雰囲気こそ「縄文神社」だなあと思っています。境内に博物館があるので縄文土器も見られますし、周辺で出土した遺跡も復元されていますよ。

5)比々多神社元宮

神奈川県伊勢原市三ノ宮2265

本社の裏手から果樹園が点在する緩やかな傾斜地を上っていくと、約10分ほどの高台に元宮があります。元宮の背後には大山が、前方からは相模湾が一望でき、日当たりがよくて、優しい風が吹きぬける絶景地です。この台地周辺からも縄文遺跡が出土していて、400年ほど前まではこの高台付近に比々多神社本社があったそうです。

<取材協力>
武藤郁子(むとういくこ)

埼玉県生まれ。立教大学社会学部卒業後、出版社に入社、単行本編集に携わる。独立後、ベストセラー作家の時代・歴史小説やエッセイなどの編集に携わるかたわら、文化系アウトドアライターを名乗り、本質的な美や「場」に残された古い記憶を探し求める旅を続けている。webサイト「ありをりある.com」と「縄文神社.jp」を運営。著書に『縄文神社~首都圏篇~』(飛鳥新社刊)、共著に『今を生きるための密教』(天夢人刊)がある。
ありをりある.com  https://ariworiaru.com/
縄文神社.jp  https://jomonjinja.jp/

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北のパワースポット出羽三山の羽黒山で、よみがえりを感じる旅 https://tripplanner.jp/topics/1889 Thu, 14 Aug 2014 03:55:44 +0000 https://tripplanner.jp/?p=1889 「西の伊勢詣り、東の奥詣り」と言われるほど古くから信仰を集めている東北のパワースポット出羽三山。お参りすれば生…

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「西の伊勢詣り、東の奥詣り」と言われるほど古くから信仰を集めている東北のパワースポット出羽三山。お参りすれば生まれ変わることが出来るとされた、神秘的な北の聖地へ。

昨今のパワースポットブームで、縁結び祈願の若い女性で賑わい、神聖な、というよりも華やかな雰囲気が漂っている神社も多い昨今。

たまにはぞっとするようなピリリとした空気を感じる、そこに神社が作られた理由に合点がいくような、「ここは宗教的な場所なのだ」と説明なしで感じるような場所へも足を運んでみたいもの。

山岳信仰の聖地・山形の出羽三山は、そんな思いを満たしてくれる神秘的なパワースポット。今回はその神聖な空気も伝わるような写真とともに古くから修行の場として信仰を集めて来た羽黒山と月山をご紹介します。

 

出羽三山は、もともと人の「現在(羽黒山)・過去(月山)・未来(湯殿山)」を巡り、生きながらに生まれ変わるための山岳修験の場。今も山伏姿や白装束で参拝する人々が目立ち、とても神聖な雰囲気です。

現世の幸せを羽黒山で、死後の極楽浄土を月山で、生まれ変わりを湯殿山で願うのが正式なルートだけれど、 初心者なら羽黒山山頂の出羽三山神社を目指すのもおすすめ。出羽三山神社には、月山、羽黒山、湯殿山の三山の神を祀る羽黒山三神合祭殿があり簡易に出羽三山巡りが出来るのです。

鶴岡駅からバスで30分で着く羽黒センターで下車するとすぐ、出羽三山神社の神域の表玄関、随神門。ここをくぐると全長約1.7km、2446段の長い石段の参道が始まります。石段の両側にはミシュラングリーンガイドジャポンで3つ星を獲得した樹齢350〜500年の杉並木が連なります。


歩き出してすぐに出会える、出羽三山のポスターに良く使われる樹齢1000年の爺杉と国宝の五重塔のコラボ風景


道ばたのお地蔵さんに思わずくすり。すてきなヘアスタイルですね!

ここから先はとにかく登る、登る、登る。杉の巨木が並ぶうっそうとした霧の立ちこめる道を歩いていると、母胎の中にいるような気持ちになれるから不思議です。

退屈なら、石段を眺めて登れば、盃や蓮の花などが掘られているのにときおり気づくはず。これを33個見つけられたら願いがかなうと言われているとか。ちなみに私が見つけたのは5個ぐらいでした…。


杉並木は国の天然記念物でもあります。

一時間程度登れば、出羽三山神社に到着。立派な社殿に設けられた羽黒山三神合祭殿にお参りしてよみがえり体験。

3つの神出羽三山神社 羽黒山三神合祭殿。月山、羽黒山、湯殿山の三山の神を祀る祭殿。出羽三山すべて詣でるのが無理ならここにお参りを。鶴岡駅からバスで30分ほどで来れるので、足腰が弱くても参拝OK。祭壇前には鏡池があり、池底から見つかった平安時代や鎌倉時代の鏡は、すぐそばの出羽三山歴史博物館で見ることができます。

神社前にある鏡池には霧が漂い、いっそう神秘的な雰囲気。年間を通しほとんど水位が変わらない神秘な御池として古くから信仰を集めています。ちなみにこの池から発掘された鏡は、近くの出羽三山歴史博物館で見ることができます。


強いオーラを感じた鏡池。

さて、ここで満足してバスで鶴岡に戻るのもいいですが、7月〜9月に訪れたなら、羽黒山山頂からバスが出ているので、月山まで足を伸ばしてみるのもおすすめ。
修験道では過去世、死後の世界とされる月山は出羽三山の主峰。山頂には月山神社があり、太陽神・天照大神の弟の月読命(つきよみのみこと)を祀っています。
パワースポット云々に関係なく、高山植物を目当てにハイキングに訪れる人も多いさわやかな自然散策スポット。バス停近くに高低差の少ない遊歩道が整備されたトレッキングコースもあるので、もうたくさん歩けない……!という人はここをぐるっとするだけでも楽しい。

どちらかというと、バス停まわりをトレッキングするだけ気分で月山八合目で降り立った私が目にしたのは、またもや不思議な風景。


いかにも死後の世界への入り口っぽい霧の演出!(偶然です)

霧が晴れた時は、吸い寄せられるように山を登り始めていました。お年寄りや小さい子ども連れ等ファミリー層も多い明るく健康的な山ですが、やはり、時々、白装束の人が足ばやに山をかけるように登っていきます。私が行った時は、雪が残る山に白いコバイケイソウが咲き誇り、いっそう幻想的な風景に。


幻想的な白の世界

ああ、自分はいま本当に俗世界から離れられたのかもしれない。 昔の人たちがここを死後の世界だと感じたことにひどく納得をしながら、しばらく風景に見入っていました。


※月山を登山する方は、登山用の装備でおでかけしましょう。8合目のトレッキングコースだけなら歩きやすい靴なら大丈夫です。

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