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ブータンで「歩く」「祈る」。パロゾンで「足るを知る人たち」に出会う旅。

更新:2018年03月28日
タカクミ

ブータンを舞台にした映画「リトルブッダ」のオープニングシーンにも登場した、仏教施設パロゾン。ブータンならではの仏教の教えに触れながら、見どころと信仰のありかたについてご紹介します。

ブータンの旅の魅力は、雄大な自然と文化。まずは、博物館や寺院が多い西ブータンのパロ県にある「パロゾン」の様子を見てみましょう。

県庁の機能を持つ仏教施設パロゾンは、僧院だけでなく、裁判所、戸籍登録などの行政機能を持つ施設でもあります。かつては城塞として使われていたという歴史もあります。

日本で言えば市長にあたるパロゾン県庁の知事が正装の袈裟を着て登場。日本の袈裟と違い、一枚布で、その色と素材で地位や職業を表すのだそうです。

僧侶たちの袈裟はえんじゅ色。下に黄色の法衣を着用するのは、転生して僧になったことを表しています。
昼間の時間はほかの施設や街中で修業し、夕方4時にパロゾンに戻ります。

男性はゴ (Gho) と呼ばれる民族衣装に白い袈裟、女性はキラ(Kira)と呼ばれる民族衣装に上着を羽織り、帯のような形の袈裟をつけたのが正装です。

子供の戸籍登録に来た夫婦なども目立ち、ここが単なる宗教施設を越えた存在であることがわかります。

■ 「幸せの国」のなりたちに出会う

それでは内部に入ってみましょう。

幸せの国GNHの由来にもなっている壁画「cycle of harmony」は、一つの木の実として表された豊かさと幸せを、4匹の生き物がどのように共有するかを描いたもの。

ガイドのブプさんはこう解説します。

「木に実がなった時、生き物たちはみな、その実は自分のものだと主張した。鳥は木がまだ種のころ、それを運びその場所に落とした。兎は木が双葉のころ、その朝露をなめて愛でた。猿は木が猿と同じ高さになるころ、その木と共に遊んだ。象は木が実をつけたころ、いつもそれを食べていた。だから、これは自分の実だ」と。

それぞれに話を聞けば、確かにその通り。動物は話し合い、この木の実はみんなのもの、今の「豊かさ」や「幸せ」はみんなのものなのだから、「共有」=「SHARE」しましょうと決めたのです。
鳥は年長者の知恵。兎は自然環境。猿は文化。象は「良き統治」=「政治」を表し、その大きさが「豊かさ」「幸せ」を表す実りに影響する力の大きさを示しているそう。

チベット仏教の聖人グルリンポーチェ

寺院の入り口や丘の上にはチベット仏教特有の仏具マニ車が設置されています。
円筒型の表面にはお経が書いてあり、一度回転させると一度お経が読まれたことになるそう。
豪華なものからペットボトルを再利用して作ったものなどがあります。

■ 歩くことは祈ること

 

「ブータンの人は何をそんなに祈っているのですか?」
ガイドのブプさんに聞くと、こんな答えが返ってきました。

「世界の平和、そしてもっと生活に近いことも祈っています。健康じゃないとこうやって歩いて祈ったりできない。体が健康で動くうちに、家族の分も他の誰かの分も祈るのです。動けなくなってからでは、祈ることもままならない。祈ることは、健康でないとできない。だから、今、祈るんです。」

「厳しい自然環境の中で育ってきた仏教は、生きることも死ぬことも身近にとらえています。死に備えて、今できる前向きな取り組み。それが”祈り”です。」

政治家など様々な人が肩書を外して「歩く」「祈る」でひたすらに過ごす。
それが幸せに繋がるのだ。

足るを知るということ。

今でこそ舗装され車が通れる道もありますが、今だ舗装されていない場所が大半で、移動手段としては「歩く」ことが当たり前。そして、動物を使って移動することも「当たり前」。

有名なタクツァン僧院へは、途中までは馬に乗っても行けるが、その先は徒歩になる。

魂が浄化される場所とされる、丘の高いところに、死者への弔いとして立てられた白い旗ダルシン。5色の旗ルンタは、お経が書いてあり、はためくたびに経が読まれたことになります。全ての旗は、人が歩いて行き、そこに立てたもの。

「歩くことは、魂の浄化につながることなんですよ。」

ブプさんの言葉が景色に染みていくようでした。(タカクミ

<取材協力:ブータン政府観光局 >

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