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憧れるのは、聖地巡礼のようなストイックな旅
Profile
「大人の乙女道」を追求する編集者・ライター。古書、喫茶、クラシック建築など、歴史やストーリーのあるものやことを取材している。編著に『東郷青児 蒼の詩 永遠の乙女たち』『鈴木悦郎 詩と音楽の童画家』(ともに河出書房新社)など。
個人サイト:bibliomania
http://www.underson.com/bibliomania/
——野崎さんは、古いもの、クラシックなものにこだわってずっと文筆活動をされていますが、もともとそのような「乙女」なものを偏愛するようになったきっかけはあったのでしょうか。
少女時代から欧米の絵本や童話が好きだったので、そのせいかもしれません。グリムやアンデルセンを筆頭に、モンゴメリやオルコットなどの少女小説、エリナー・ファージョンの「年とったばあやのお話かご」などの世界が好きでした。あちらでは、曾祖母の代から伝わるお人形とか花嫁衣装とか古いものを大切にする文化がありますよね。時を経た古いものこそが美しい、という価値観が無意識のうちに養われたのかもしれません。
王子様とかはわりとどうでもよくて(笑)、こんなお部屋に住みたい、とか、こんなドレスが着たい、こんなお菓子が食べたい、とかそんなディテールばかりを楽しんでいた記憶があります。
思春期にはそこから離れていた時期もあったのですが、古いものを大切にする街・京都で大学生活を送ったことで、本来の自分が好きだったものに再び戻っていったような気がします。

個人で集められる情報や資料にはやはり限界があるので、最終的には「いい本をつくりたい」という情熱しかないのかな……と思っています。こういった本は作家さん本人やコレクター、資料を保存している企業など、多くの人の協力があってこそのものなので。人見知りを無理矢理克服して(笑)、情報を持っていそうな関係者にコンタクトすることで、まだ世の中に知られていない、手つかずの資料や情報、場所に出合うのはとてもエキサイティングな体験です。ですが、交渉がうまくいかないこともありますし、書籍として魅力的にまとまるという保証はどこにもないので、本づくりはいつもドキドキの綱渡りのようなところがあります。

発見、というほどのものでもないと思っているのですが、新鮮に感じてくださるとしたら嬉しいです。情報源は古い雑誌を見たり、好きな作家の小説やエッセイに登場した場所であるとか、人に聞いたり、いろいろです。シス書店は知り合いのアーティスト、山下陽子さんがそこで個展をされているということで知りました。
何らかの歴史やストーリーを感じさせてくれる場所であることが条件で、個人サイトではあってもなるべく取材をして、自分の中だけの小さな世界でまとまらないようにしています。

——これまで訪れた場所ですごくおすすめな場所はどこですか?
2004年に訪れたパリです。でも訪れてみてわかったのですが、私が行きたかったのは現代のパリではなく、ヘミングウェイの『移動祝祭日』が描かれた頃のパリだったのかも……とちょっと思ったりしました。
でも、その時代の片鱗を古本屋や蚤の市めぐりで見つけて持ち帰ることができたのは、素敵な体験でした。たとえば、マリー・ローランサンが表紙イラストを描いている、「ルーブル」というデパートのカタログなど(写真印刷が一般的でなかった時代なので、商品がすべて絵で描かれているんです)。
この「ルーブル」というデパートは今もあるのだろうか、と調べてみたのですが、残念ながら1973年に閉店して、今は骨董街になっていたことがわかりました。現存する中では最古の百貨店、「ボン・マルシェ」のライバル店だったみたいなんです。この、ルーブルデパートの栄光と盛衰の物語は作家のエミール・ゾラが『ボヌール・デ・ダム百貨店』という小説にしている、ということも後で知りました。日本語訳も出ているのですが、ものすごく分厚い本なので途中で挫折してしまいまだ読破できていません……。
あと具体的な場所でいうと、「シェイクスピア書店」はここに住みたい! と思ったほど感動しました。もちろん、ヘミングウェイとかが訪れていた時代の店ではないのですが、異邦人たちを歓迎しているという意味ではスピリットは健在なのかな、と。
本屋なのに旅人が休むためのベッドがあったり、タイプライターがあったり、猫が窓辺で寝そべってたり、店の前で若者が突然、演奏をはじめたり……すべてが完璧でした。不思議なことに、私がかつて住んでいた京都の出町柳という学生街と漂っている空気が同じで、自由でリラックスした、永遠の若さがあるような場所でした。

あと、超有名店ですがギャルリ・ヴィヴィエンヌにある「ジュソーム書店」もすばらしかった。赤く塗られた壁、シャンデリアなど「パリの古書店」という憧れをそのまま形にしたような空間でした。ショップカードはしおりとしても使えるようになっていて、これがまた素敵なんですよ。

いちおう、各都市ごとに興味のある場所やおみやげなどのリストはつくっているのですが、公私が曖昧な職業のせいか、「どうしても行かなければならない」という理由がないとなかなか旅立つ気になれなくて……。実はこんなところに登場させていただくのが申し訳ないほど、出不精なんです。
今憧れているのは、ストイックな聖地巡礼のような旅。ふだん、あれが欲しい、これが食べたいといった俗世にまみれた旅ばかりしているせいか、その後の人生を変えてしまう、修行のような旅がしてみたいです。あと、佐藤初女さんの本を愛読しているのですが、彼女が主宰する青森の「森のイスキア」にもいつか行ってみたい。
旅って実は面倒くさいものですし、特にひとり旅だと途方に暮れたり、さみしい気持ちになったりすることも多いですよね。でも、不思議と行かなければよかった、とは思わない。そして、なぜか後になって懐かしく思い出すのは楽しいことより、大変な思いをしたことだったり……。そこに旅というものの不思議さ、醍醐味があるのかな、とも考えたりします。
——私も一人旅が好きで、その時はいつも寂しかったり心細かったりするんですが、なぜか帰国してしばらく経つととても素晴らしかったように思い起こして、またその苦行に出てしまう……ということを繰り返しているので(笑)、とても共感します。個人的に野崎さんがブログでいくつか投稿されている乙女教会シリーズのファンだったので、野崎流、聖地巡礼すごく楽しみにしています! 今日はどうもありがとうございました。
「行きたい!」という欲望が刺激されるのは、テレビだったり、ウェブだったり、雑誌だったりと媒体はいろいろあるけれど、絶景とか美味しそうとか、シブいとかお洒落といった「見た目=ビジュアル」から入ることが、普通は多いのではないだろうか。そんな中で、野崎さんは、(おそらく)小説や歴史書などの文字情報きっかけで旅先を見いだしているのだろうな、と感じさせてくれるやや珍しい方である。
野崎さんのサイトの散歩記事や書籍の中のゆかりの地巡りが、独特の雰囲気があってすばらしいのは、その場所の背景にあるストーリーの力で、もうそこにいない人やモノを空想力で蘇らせ、それらを幻視しながら歩いているのがわかるからだ。私のように、まずは野崎さんの本の美しいビジュアルに惹かれて手に取った軽薄な人間でも、読み終わる頃には少しだけ賢くなっていたりする。かわいいものは多々あれど、勉強になる乙女本はなかなかありません。
そんな野崎さんが作ってくださったトリッププランは、やはり知的好奇心をそそられる情報いっぱいの素晴らしい内容。ぜひいつか、一冊の本にまとまって欲しいなと思います。
(取材・文 野口美樹)